NPO法人PEACE ON相澤(高瀬)香緒里による日誌的記録(~2007年まで)


by peaceonkaori
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ホームタウン

e0058439_3124948.jpg26日は世田谷のらくだにて、ハニさんのアートライヴ! 画家の増山麗奈ちゃん(PEACE ON会員でもあります)との共同ライヴペインティング。
ハニさんは数日前、夜中の3時に「眠れないんだ」と起きてきて煙草をふかしながらこのイヴェントについて模索していたほどだったから、こちらも期待する。
歌ありピアノありイラク話ありパレスチナの地ビールありの楽しいムードで、わたしもパレスチナのドレスとヒジャーブを身に纏っての参加。らくだは、昨年もPEACE ON共催イヴェントをさせていただき、お店にはLAN TO IRAQの絵を2枚も買って飾ってくださっている。ありがとうございます。
21日のハニ個展記者会見で1年ぶりの再会を果たしたイラク人演劇留学生アナスも、パントマイムを披露してくれるそう。昨年ムルワッス劇団の来日時に出逢って以来、バグダードのかれとたまにメールを交わしていたのだった。

e0058439_13533753.jpgといいつつも、わたしは受付と物販を担当していたため、中の様子はほとんど知れなかった。
そのうえ、イヴェント中に携帯電話に訃報が入る。姉の婚約者(2人ともPEACE ON会員です)の祖母が亡くなった。かのじょとは姉らの婚約式で会ったきりだったが、わたし達はディナーの席でかしましくお喋りを弾ませた。その後かのじょの病気が発覚し、ほんとうに愉しみにしていた来春の孫の結婚式まではもたないだろうとされていた。だのに夏に帰洛した際、また今度にでも見舞えばいいかと、わたしはかのじょに会いに行かなかった。そのことが悔やまれて悔やまれて、イヴェント中にもかかわらずわたしは会場の外で思い切り涙を落とす。もう二度と戻ってはこない、かのじょとの時間。かのじょは姉が看護婦を勤めるホスピスで、姉に看取られながら微笑みのうちに天国へと旅立ったそうだ。そのことが、せめてもの救いだった。わたしは姉に電話をかけて、「おばあさまにどうかご挨拶しておいて頂戴」とお願いした。姉はわたしに「イラクのお友達によろしくね」と云って、わたし達は電話を切った。

出来上がった絵をちらりを見た。テーマは「ホームタウン」。ハニさんの故郷に対する思いは、かれの絵の端々に執念のような誇りとなって散りばめられている。
わたし自身のホームタウンは、どうなんだろう。京の土地や血縁のしがらみを嫌悪し倒していた思春期の頃、隠居するといってとび出しての信州での日々、意識にのぼった京おんなとしての意地、そして東京、新しい家族をもつであろう未来のわたし…ホームタウンとはアイデンティティなのかもしれないと思う。

(写真上はPEACE ON会員でもあるWattan.こと渡邉修孝さん・下は同じく会員でジャーナリストの山口花能さん)
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by peaceonkaori | 2005-12-06 03:15 | イラク人来日プロジェクト