NPO法人PEACE ON相澤(高瀬)香緒里による日誌的記録(~2007年まで)


by peaceonkaori
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3つの集会

17日、朝から泣いて抗う。疲れが溜まっていた。お家で悪夢にうなされないでゆっくり眠ったり、山積しているPEACE ONの仕事を片したりしたかった。
なんでこう毎日毎日、国会へ通わなアカンの? 行き先も訳もない怒りのようなものが、体内に満ちていた。それでも起きて、いつものとおりお薬を飲み、国会へと向かう。

衆院で医療制度の改悪が強行採決され、参院で入管法が採決されたというニュースに、国会周辺は覆われていた。
老人の医療負担が1割から2割または3割に増える。食費も3万円とられる。一部を除いて外国人は皆、指紋採取される。さらに法相がテロリストと思えば、外国人が強制退去させられる。その判断が誤っていれば? 祖国へ帰らされたら死を与えられるかもしれないのに。日本人だって指紋採取する。それらのデータは永久保存される。
人権もなにもない法が、次つぎとできあがる。なんとも形容しがたい溜め息がこぼれるばかりであった。

e0058439_8233913.jpg正午から、日弁連主催による参院議員会館での「共謀罪に反対する院内集会」に出席。
弁護士のかたがたからのご挨拶や情勢報告・解説につづいて、議員の皆さんも駆けつけてこられる。
民主党の高山智司さん、「息の長い闘いを」。共産党の仁比聡平さんは、「世論によって暴いていこう」。社民党の保坂展人さんは、「暗黙の了解でも認定、まばたきでもOKなど、あちら側の本性が出てきた」と。近藤正道さんは、「たった今、強行採決の場を見てきたが、ぞっとした」と率直な感想を述べられた。福島みずほさんは、「未来は誰にも分からないのに、どうやって犯罪を認定できるのか。けれども未来は変えられる、がんばりましょう」と鼓舞された。
また、日本ペンクラブの篠田博之さんは声明を配布され、15日の井上ひさし会長らによる記者会見をお教えくださった。わたしは帰宅後に会見を見たのだけれど、なんともいい会見だった。うす汚いヤジをとばす議員とは違い、品をもって抵抗している。

その後、ウェブログのトラックバックで知り合ったヘンリー・オーツさんや、毎日のように東京の町中で行動されている日本山妙法寺の石橋上人やZAKIさんらと、お昼ご飯をご一緒させていただく。石橋さんには、「あなたみたいな若いこがやってくれているというだけで、力になります」というあたたかいお言葉を頂戴する。そう、若者が足りないのだ。だからわたしは、1人の少女という1つのコマみたいな役だと思って、無力ながらに国会まで足を運んでいる。有難く、勇気づけられた。

e0058439_8235979.jpg14時からは衆院議員面会所で、「共謀罪に“Say NO!"―5.17院内リレートーク」がおこなわれた。
国際的に活動するNGOにとってはまさに、共謀罪は我が身にふりかかってくる大事だ。共謀罪は誰のための法なのか? 権力側にとって都合の悪い団体をかんたんに潰せる法ってなんなのか? 皆の不安は尽きない。
わたし達PEACE ONのイラクプロジェクトも、イラクのこども達のために集めた寄付金をテロ資金だなんて言われてしまう可能性だってなくはない。莫迦みたいだけど、笑ってもいられないのだ。悪法は数あれど、共謀罪は大きな曲がり角だとわたしは思っている。これが成立してしまえば、すべての活動がやりにくくなる。恐怖のなかに生きることになる。まっぴらなんだよ。

18時半からは国会裏の星陵会館で、「共謀罪の強行採決に反対する! 超党派国会議員と市民の緊急集会」が開催された。
わたしはといえば…わたしはといえば、始まる前からうつらうつら、本番中はすっかり眠りこけ、かろうじて拍手だけするという始末。ほとんどなにも、憶えてはいなかった。何人かの議員が発言していたこと、『共謀罪、その後』(第2話)が上映されたこと、500名ほどの参加者があった報告、ぐらい。写真も撮れなかった。2列目のど真ん中の席を、ぼーっとしながら立った。
病気もちのわたしは、眠気をもよおすお薬を服用し、なにより睡眠がいちばんの生活を送らなければいけない。1か月前までのわたしは、お昼までじゅうぶんに寝て、やりたい仕事の半分ぐらいのことしかできない、そんなわたしだった。それを連日こうして早起きして国会に通ったり、今日のように1日かけて3つも集会に参加するということが、自分の限界を超えた行為だったのだ。わたしなんぞ休んでいればいい。意気込んでいきがって、共謀罪阻止にかけている己の、この身の程をまざまざと痛感させられた。わたしは病気なのだ、しょせん病気なのだと、自責の念で鬱々と涙をこらえて地下鉄に乗った。
最寄り駅の改札には、傘をもった恋人が待っていてくれた。わたしは公衆の面前で、大いに泣きじゃくった。恋人は、なにを責めるでもなくこの惨めなわたしをねぎらってくれた。わたしの病気をよく理解してくださっている会員のナさんからもメールで、「ゆっくり休んで、眠れなくても横になってください」といたわりのお言葉をいただいた。みんなに支えられている。申し訳ない気もちでいっぱいになりながら、深い深い眠りに落ちた。
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by peaceonkaori | 2006-05-20 08:24 | 国内活動