NPO法人PEACE ON相澤(高瀬)香緒里による日誌的記録(~2007年まで)


by peaceonkaori
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シャクラワ最終夜

2日、朝、停電。ここのホテルはジェネレーターがじゅうぶんでないのか、客室より優先してロビーだけにしか電気をまわさない。まあ、いいんだけどさ。
停電といえば、このあいだ夜にサラマッド達とお外のレストランでだべっていた時、急に町が停電になったのだけど、そしたらなんと拍手が沸きあがったんであった。リエーシュ(なぜ)?とふしぎがっていたのだが、サラマッド曰く、「バグダードからの観光客ばっかりやから、ここクルディスタンでも停電があるんやーって面白がっているんと違う?」。単純なような複雑なような、なんだかなあ。

e0058439_4522091.jpg今日は、これまでの会計や今後のプロジェクト展開など、PEACE ONの打ち合わせをおこなう(詳細は相澤のブログご参照)。バグダードやモースルの病院や学校での支援の写真に、思わず咲みがこぼれる。PEACE ONはイラク人現地スタッフを雇っているので「直接支援」をしているわけだが、やはり日本人のわたし達もその場にいたいなあと思ってしまう。「現場」は近いようで、なかなか遠い。
バグダード郊外に住むお友達に電話をかけてみる。イラクに来ることは伝えてあったのだけれど、おんなじイラクでも会えないのが残念。サラマッドと喋っている間に、背後で爆発音が聞こえたらしい。やはり、バグダードとシャクラワではまったく違う。
バグダードで奔走してくれているサラマッドの弟とも、電話する。わたしはかれとお喋りするのは初めてだったから、ちょうどぎまぎ。いっしょうけんめいアラビア語で話すわたしに、かれはずっとくすくす笑っていた。そんなに可笑しいのかしらん? YATCHは、「冗談ずきのイラーキーが今や笑うこともなくなったなかで、かおりが笑かすのはすごいことだぞ」と、ほめているんだかなぐさめているんだか分からないことを云ってくれた。
ごはん時になり、サラマッドが聞いてくる、「かおり、なにが食べたい? ケバブ?それともケバブ?ケバブ?」。ちいさな町シャクラワの幾つかのレストランではどこも、ケバブしか置いていないんであった。

e0058439_4525479.jpg日本の靴屋さんで直してもらった革靴もここへ来てすっかり泥んこになってしまったので、路傍のこどもに靴磨きをお願いする。黒色か茶色の2色しかクリームを持っていないらしく、わたしのダークブラウンの靴は少々カラーが変わってしまったけれど、とにもかくにもゾル・マムヌー(どうもありがと)。最初は恥ずかしがっていた少年も、すなおに写真撮影に応じてくれた。色を塗っていっしょうけんめいタオルで磨いて、1000ID=約70円。

お部屋の扉をノックする音がする。開けてみると、バグダードからの2人の姉妹が一緒に写真を撮ってと頼んでくる。しかもわたしはイラク服のディシターシャからお洋服に着替えないとダメらしい。かのじょらも、西洋の服で思い思いにお洒落を愉しんでいた。
ふたたびノック。今度は町へ繰りだそうと言う。打ち合わせ中だったけど、わたしだけシュワイヤ(ちょっと)お出掛け。かのじょらと歩いていても、ヤバニエ(日本人のおんな)への写真合戦はすさまじい。PEACE ONのTシャツを着ていたわたしが、胸に躍るロゴマークの「シャーブ・ヤバニ・マー・シャーブ・イラキ(Japanese people with Iraqi People)」を説明すると、そこいらじゅうのイラーキーがいっせいに拍手喝采。ますますスーラ(写真)をせがまれるのだった。
かのじょらと、片言のアラビア語とほんの片言の英語と後はジェスチャーでなんとか会話を紡いでゆく。アダミヤ地区に住んでいるかのじょらは、まだ10代だというのに、通りに転がる遺体を日常的に目にしていたり、シーア派なんか最低と言い放ったりしていた。また、かのじょらのお父さんもお兄さんもアメリカ系の会社で働いているため、もしばれたらマハディ軍に殺されるとおびえてもいた。アダミヤといえば、シーア派のカズミヤ地区とのあいだにあるアインマ橋での事件が有名だが、そのことを話しても、シーア派とは完全に敵といった風にかのじょらは語るのだった。わたしはそんな日々を経験していないから、それを悲しいだとかなんだとか云えない。ただ、戦争はこどものこころをも支配してゆくのだなー、なんて。恋バナをしたり、アイスクリームやジュースを奢ってもらったりした(あたし年上やのにッ)。

3日、サラマッドとアマラがモースルへ戻る日になった。2人とはまたすぐに、ダマスカスで落ち合う予定。

e0058439_4533173.jpge0058439_4535729.jpge0058439_4542047.jpgあーっ、ウロウロしている警官の帽子にイラク国旗が! ここクルディスタンで初めて見るイラク国旗。思わず写真撮影をお願いする。商店で見つけたディボスというメーカー(アディダスのぱちもん?)のジャージにもイラク国旗。けっきょくシャクラワでは、この2回しかお目にかかることがなかった。バルザーニが、イラク国旗をおろしてクルド旗を掲げるよう命令したという噂もある。イラク国旗をはがした跡の車も発見した。やはり、分離主義がはびこっているのか。

e0058439_4544861.jpgジューススタンドで濃厚なロマーン(ざくろ)ジュースを飲む。4つ星ホテルにあるこの町唯一のインターネットカフェは1時間4ドルもする。バグダードのアナスに電話をかけるも、イラク入りをメールしたのが遅過ぎたらしく、会う時間がとれなかったことを口惜しがる。夜は夜でアマルくんと町をふらつく。電池でぴかぴか光る花束、こども用の桃色スリップ、腕輪など行き交うイラーキー達から何故かもらう。商店で指輪を買おうとすると、ただで持たせてくれる。シャクラワ町長がアルギレ(水たばこ)カフェに入ってくる。護衛がカラシニコフを携えている。ゆうべ一緒に撮影したのの現像した写真を、ほれほれと見せてくれる少年がいる。どうどうと開店しているお酒屋さんでビールを買ってみる。そんな、シャクラワ最終夜。

翌4日、わたし達はシャクラワをあとにして、アルビルへと向かったのであった。
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by peaceonkaori | 2006-09-11 04:55 | 中東にて