NPO法人PEACE ON相澤(高瀬)香緒里による日誌的記録(~2007年まで)


by peaceonkaori
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ダマスの長い夜

6日、朝。今日こそはと鼻息も荒く、国境へと向かう。トルコ側あっさり通過、フン。

e0058439_5183451.jpgシリア側では、往きと同じく別室へ。係官のおじさんは、「おお、日本人か。ようこそ、ミスター・スズキ」なんてご冗談をば(たしかに日本の苗字で鈴木がいっとう多いけどー)。またもチャイなんぞをいただいたりして。
よし、わたしはありったけの笑顔で尋ねてみる、「ねえ、思い出に写真を撮ってもいい?」。通常は国境のしかも室内で撮影など厳禁のはず、係官はいぶかしそうに間をおいてから、OK。やったね! しっかりバッシャール(シリア大統領)の肖像とともに写ってます。成功、アラブおやじキラー!

カーミシュリーからバスで9時間、ダマスカス到着。ヨルダンの首都アンマン行きのセルビス(乗り合いタクシ)のあるガラージュ・バラムケに着いたのは、夜の10時頃だった。
サラマッド達とここで夜9時頃に落ち合う予定になっていた。もし会えなければ先にアンマンに行って待っていよう、と。サラマッド達はいなかった。

12時をまわっても、2人は現われなかった。さすがに行こうかとYATCHが言う。
けれどもわたしは思う。今、イラーキーのヨルダン入りはひじょうに厳しくなっている。実際に、国境でレッド・スタンプを押されて追い返された知り合いもいる。もし、わたしら日本人と一緒にいることでなんらかの助けになれれば、と。保証はない。するっと通れるかもしれないし、逆に日本人なんて無力かもしれない。だけど、だけど、万が一にでもそういう可能性を考えてしまったら、待ちつづけるという選択肢しか、わたしには思い浮かばなかった。
「このままだと徹夜して朝まで待っても来ないかもしれんぞ。それでも待つのか?」と問うYATCHに、わたしは「うん」。

e0058439_5193218.jpgターミナルには、開店したほんの少しのお店と運転手と警官。閉店間際のレストランのお兄ちゃんに茹であがったひよこ豆を食べさせてもらったり、警官にチャイをもらったり、果てはYATCHとじゃんけんをしてみたり。にしても、待ちくたびれたというのはこういうことをいうのだな。昔と違ってこの27歳の身体に、オールナイトはさすがにきつい。独りぼっちじゃないのが、せめてもの救い。

待つこと7時間。
4時を過ぎて、遠くにたぬき面のサラマッドの姿が。「サラマーッド!」、わたしは手をぶんぶん振って駆け寄った。
まぎれもない、サラマッドだった。やはり国境で6時間ほど足止めを食らったらしい。一睡もしていないとはいえ、なんとか元気そうでなにより。お世話になったお店のひと達や警官らに「このひとが待ってたイラクからのお友達やの」と報告。
さっそくセルビスに乗り込んだ。朝だ。

ヨルダン国境では、サラマッド夫婦は別室に呼ばれたりもしつつ、問題なかった(自分の手続きが終わったわたしは、サラマッド達の係官をじーっと見据えていたんであった)。
アラブ諸国の国境では、アラブ人と非アラブ人の窓口が異なる。サラマッドは云う、「なんでアラブ人が別で時間がかかるか分かるかい? アラブ人はね、アラブ人が嫌いなのさ」。アマラも、「わたしらのパスポートや書類を見るのに時間がかかっているんじゃないのよ。奴らは別室で、たばこを吸ったりチャイを飲んだり恋人に電話をかけたりして時間をつかっているんだわ」と。わたしが「でもアラブ人も、アラブは1つだ、なんて云っているひともいるよ」と添えても、かれらはノー。「じゃあ、どうしてイラクがこんな状況になっているのに、アラブ諸国はなにもせず放っているの?」

こうして7日の午前、アンマンのホテルにチェックインした。
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by peaceonkaori | 2006-09-17 05:20 | 中東にて