NPO法人PEACE ON相澤(高瀬)香緒里による日誌的記録(~2007年まで)


by peaceonkaori
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戦争の爪あと

ホテルではわたし達がイラク支援をするNGOワーカーだと知れ渡っていたので、ある日、ある家族を紹介された。わたしはかのじょらのお部屋にとおされた。

英語の話せないお母さんがアラビア語で、堰を切ったように話しつづける。通訳できるイラーキーをなんとか連れてきて聞いてみると、わたしはそのあまりの理不尽さに、抗不安剤を飲まざるを得なかった。

e0058439_0163075.jpgイラク人のお母さんは、10年以上前にヨルダン人の夫に蒸発され、娘と息子を1人で育てていた。1991年の湾岸戦争で、空襲などによる恐怖から娘のファーテンちゃん(現在26歳)が寝たきり状態になり、おトイレもお食事も1人ではできないようになってしまった。イラクのお医者さんがファーテンちゃんはイラクでは治せないと判断したため、お母さんはなんとかヨルダンに移ってきたのであった。
ただし第1の問題は、ファーテンちゃんにパスポートがないこと。今回は、イラクへは帰らないという約束で特別の許可をもらってヨルダンに入国できたという。が、アンマンの医者を訪ねても、パスポートのないひとは受診できないと拒否。父親がヨルダン人ということはファーテンちゃんもヨルダン人になるので、ヨルダンのパスポートを取得しようとお役所に行けば、イラクの外務省で結婚証明書にスタンプを押してもらってから来いと言われる始末。グリーンゾーン内にあるバグダードのお役所に、いったいどうやって行けるというのか。元・夫やその親戚とは連絡がとれないし、お手上げ状態だった。
第2の問題は、経済面。貯金はもう底をつき始め、いつホテルから追い出されるか分からないと、お母さんはおびえている。息子はもうはたちを過ぎているからじゅうぶん働けるはずなのに、そう助言すると「皆殺しにするぞ」と暴れるんだという。お母さんはイラク人だし、ファーテンちゃんのお世話で手いっぱいなので、働けない。ついには、ホテルにパスポートを預けられてしまった。
第3の問題は、お母さんの巨大なストレス。たび重なる戦争や経済制裁のなか10年以上も耐え忍んできたお母さんは、右胸の上に風船のように大きくふくらんだこぶができていた。痛みはないといえども、お母さんだって手当てが必要だ。でも、そんなお金もないという。

PEACE ONは医療や難民のスペシャリストではないので、悩んでしまった。取り急ぎ、日本のNGOワーカーやヨルダンの知り合いに相談してみる。ヨルダンの知り合い2人が同情を示し、かのじょらを助けてくれることになった。ひとまずはあんしん。今後どうなるかは分からないものの、ちょっとでもお役に立てたのならば嬉しいことだ。
支援活動をやっていていっとう辛いのは、懇願されるリクエストになんとか応えたいと思ってもすべてをカバーすることは不可能だということ。
ほんの少額だけど、お母さんに個人的なカンパ金を渡した。

戦争は、死者を増やすだけではない。こうやって、カウントされない犠牲者が無数にあることを、わたし達は胸にとめておかなければならない。
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by peaceonkaori | 2006-09-20 00:21 | 中東にて