NPO法人PEACE ON相澤(高瀬)香緒里による日誌的記録(~2007年まで)


by peaceonkaori
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Dream in Baghdad

3つ前の記事「演劇『バグダッドの夢』イラクから来日公演のおしらせ」のイラクの劇団の来日公演の会場で、イラク絵画の展示とアラブ雑貨の販売をやらせてもらえることになり、1月18日に準備をしに出掛けた。

アナスやヤーセルの久々の面々に加え、イスラーとバーンというおんな役者、照明や音響や舞台美術の裏方さん、そして作・演出のアル・カサーブ教授まで、大勢がやって来ていた。
なぜか天井からロープが下がっていて、その場にいた幾人かがそれで首を吊るような恰好をして遊んでいたので、わたしが思わず「あかんあかん、サッダームみたいになってまう」と言うと、かれらはサッダームの処刑をたいそう喜んでいた。サッダームの死をうれしがるひとに初めて出くわしたので、わたしは少々とまどった。もちろんわたしは、それを良いとか悪いとか言える立場にはない。イラクに住んでいるイラク人なんだ、色んな風に思うひとがいる。いっぽうで、わたしが販売用に持っていたかつてサッダーム政権下で使われていたサッダーム紙幣に、ちゅっちゅとキスをしてサッダーム支持をあらわすひともいた。「わたしもサッダームすきよ」と、わたしは小声で伝え悲しみをあらわした。
アル・カサーブは耳がちょっと遠いようで、最初は気難しそうと思っていたのだけれど(ハニ・デラ・アリやムハンマド・ムハラッディーンの絵を見せてもダメだと言い、シルワン・バランの絵は動きがあるとほめてくれた)、そのうちにまるでおじいちゃんと孫のようにうちとけられた。かれはわたしに、ジャケットやズボン、白色や黒色など1つ1つの単語をアラビア語で教えてくれるんであった。本番中にも遠くからキスを投げてくれたりした茶目っ気たっぷりの65歳、アル・カサーブ。「今のバグダードで教授だなんて危ないんでは?」と尋ねると、やはり「難しいさ」とのこと。
なかには、「俺はマハディさ。今マハディは400万人もいるんだぜ」と誇らしげに言うひともいて、わたしが吃驚仰天して「えーっ、じゃあ銃を携えてひとを殺しているの?」とストレートに聞くと、かれこそ気が高まって「断じてそんなことはない。俺らはクルアーンを勉強しているんだ」と返してくる。「殺している輩は外国人に決まってる。アフガンとかシリアとかサウジとかヨルダンとか」とも。「ムクタダ(サドル)については?」と言ってみれば、「おいおい、この娘ムクタダって言ってるぜ」というように周りと騒ぎ、ていねいな口調で「いいかい。ムクタダはね、神に近い存在だよ」と。聞いていたとおり、ムクタダの神格化が進んでいるらしい。マハディのかれには、「バグダードに来るなら俺が守ってやる」とまで云われる始末。アメリカにかんしてはやはり、大問題だという答えだった。
イスラーとバーンとは、乙女トークを弾ませる。かのじょらは「ちょっと口にしてみて」と、わたしに「ラーイラーハイッラッラー、ムハンマドラスールッラー(アッラーのほかに神はなし、ムハンマドはアッラーの使徒なり)」と唱えさせようとした。これを2人以上のイスラーム教徒の前で云うと、イスラーム教徒になってしまうのだ。「ンもう、知ってるんやからね」と冗談で怒るわたし。宗教についてはじつは今おおいに悩んでいる最中なのだけれど、いちおうじぶんはブディストと答えると、かのじょらは仏教を尊重してくれた。
なによりうれしかったのは、わたしのアラビア語がそこそこ通じるのか、皆アラビア語で話しかけてくれること。まだまだ勉強中のアラビア語だけども、すこし話せるだけでずいぶんと信頼してくれるみたい。学習意欲もわくってもんよ。

さて肝心の演劇のほうはというと、我われ観客は各々どう見たってOKなんだが、どうしても難解に思えた。わたしは東京での全公演すなわち19日から21日までの4回も観劇したので、やっと分かったかなという感じ。雨漏りを恐れる一家の顛末、それは精神的な雨漏りのことでもある。
終演後のアフタートークでも解説を求める声が多かったが、かれらは「ご自身で考えてください」とのこと。やっぱりアーティストやね。政治的な質問にたいしては、「民主的な選挙もあった。今の混乱も近い将来にはおさまるだろう」の一点ばりのアナス。イラクのイメージアップを図りたいのか、かれは政治権力側にいるのか。ともかく、アーティストなんだからと政治の話はしたくなさそうだった。
なかには、「各自の名まえと、スンニ派かシーア派かを順に答えてください」というとんでもなく無礼な質疑があった。これにはさすがに、聴衆からブーイングの嵐。ところが最初のイスラーは凛然と、「イスラーといいます。ムスリマ(イスラム教徒のおんな)で、イラク人です」と延べたんであった。場内は拍手。わたしも大きく手を叩く。スンニもシーアもない、イラクは1つなんだと、そう信じたい。

「アッラーイサハディック(おつかれさま)」と皆に声をかける。ろくに電気もつかない稽古場に集まるのも一苦労のバグダードで、ずっと練習を重ねてきたんだ。
「アッシューフィッチ・インシャッラー(神がお望みならばまた会おう)」と云ってキスをして、わたし達はお別れした。「バグダードで会おう」という夢は、まだ口には出さないでおいた。
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by peaceonkaori | 2007-02-10 00:15 | 国内活動