NPO法人PEACE ON相澤(高瀬)香緒里による日誌的記録(~2007年まで)


by peaceonkaori
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イラク女医さんと

札幌で研修中のイラク南部バスラの女医さん2人が東京にやって来るにあたり、わたし達PEACE ONがそのアテンドを務めることになった。日頃おとこのイラク人と接することが多いので、おんな同士で仲良くなれるかしらん、と愉しみにしつつ空港へ迎えにゆく。

いざ会ってみると2人は対照的で、グフランはおっとりタイプ、アンサムはしゃきしゃきタイプ、しかしながら2人ともお嬢さまなんであった。日本にいてもなんと毎日2時間はご両親とヤフーメッセンジャーで話し、札幌の受け入れ先でもとてもたいせつにされているらしい。
シャーレ(アラブの女性がかぶるスカーフ)の身につけかたを教わると、アンサムはじぶんのシャーレを1枚プレゼントしてくれた。

初日2月3日は、六本木ヒルズで東京見物。展望台より、ムラサキに染まる富士山のサンセットを眺める。
e0058439_20391212.jpg夜は、イラク大使公邸にて晩餐会。政治的な話にすっかり花を咲かせてしまい、5時間も長居した。ジュマイリ大使は政治家の立場だけど、ほんとうはわたし達と考えが近いから、イラク人もわたしもジュマイリさんがすきになる。

翌4日、かのじょらは能の観劇。むずかしくってスローリーで、「15分だけ面白かったわ」とのこと。その後すぐに講演会場へ。
e0058439_2031773.jpg「イラクのいま~二人のイラク人・女性医師に聞く~」と題した報告会、イラクの歴史から現在の状況、こども達の苦しみまで、分かりやすく話がなされる。新生児が専門のかのじょらは、毎日のように赤ちゃんが亡くなってゆく現場にいてどれほどこころを痛めていることだろう。「スンニもシーアもクルドもない、イラクは1つなんです」ということを強調してらしたことに、ほっとあんしん。わたしはこれからもけっしてイラクを忘れないし、たとえどんなに細々とでも繋がりつづけてゆこうと、決意を新たにした。当日は120名のかたにお越しいただき、複数の外国人からも活発な意見が飛び交うなど、共催者としては満足なイベントになった。アッラーイサハディック(おつかれさま)。

次の日は5時起き。というのも、東京ディズニーランドで1日をエンジョイするのがかのじょの夢なのだ。苦しい…。
ディズニーといえば、占領地のはずのエルサレムをイスラエルの首都として提示しイスラエルからお金をもらった、イスラエル支援企業。わたしはそれを知ってから誰に誘われても行かなかったのだが、今回ばかりは仕方ない。開園前にグフランにぼそっと告げると、その事実にビックリしつつも、「今日だけはそんな政治的なことは抜きにしてー」ですって。朝からケンカしていたYATCHとの仲直りもとりもってくれたことだし、まあどうせならわたしも愉しんでやろうじゃないか!
e0058439_20324438.jpg水路を行くアトラクション"スプラッシュマウンテン"では、最前列にいたYATCHとわたしがびしょ濡れに。「いいシャワーやったわあ、今度はシャンプーが必要やね」などと冗談をかましながら、夜に再度チャレンジ。「最前列はドローワバシャリーヤ(人間の盾)だ」と"盾"出身者のYATCHが皆を守ろう(?)とすると、今度はグフランがわたしもと申し出る。シャーレがびっしょりになりながらも、とても良い思い出になったみたい。瞬間の写真を購入し、眺めては何度も笑い合っていた。「イラクで辛くなったら、これを見て元気を出しよし」と。
e0058439_2034314.jpgそれにしても、ディズニーランドはまったくもって「夢の国」だ。汚いものがなに1つない場所、西部開拓をフロンティアとして美化する場所、「誰だってハリウッド・スターになれるんだよ」と夢見心地にさせる場所、宇宙にまで行って戦争する場所。ああ、これがアメリカなんだ、アメリカは世界をディズニーランドに仕立て上げたいんだ、とわたしはぐったりと落ち込んでしまった。きゃっきゃきゃっきゃしながらアンサムも、この現実を分かっていたようだ。ゆうべの講演会の来場者は少数で、大多数の日本人はここへ来て(冬の平日なのに何10分も待った)、ぞんぶんに夢に浸っているのだ。それが悪いこととはわたしには云えないけれど。
朝の7時半から夜の11時半頃まで15時間も、ディズニーランド。

当初は2日連続ディズニーランドと無謀な提案をしていた2人も、さすがに1日で満足したようで、6日は東京見物をすることにした。
e0058439_20351110.jpg浅草の浅草寺と、お土産物ショップ。ここでも2人は対照的で、アンサムはお買い物ずきでぽんぽんと買うのにたいし、グフランは荷物が重くなるからとじっくり吟味したうえでひょいっとかさばらない軽めのものを選ぶ。あたまの良くなる煙をあたまにかけて、おみくじを引けば、なんと凶! 大ショックだけれど、「仏教徒じゃなくってイスラーム教徒だからよかったね」と慰めなんだかなんだか、な言葉をかける。おみくじを結んで、凶とさようなら。
e0058439_20364559.jpg2人が好物という天ぷらを食べて、両国の江戸東京博物館へ。アンサムは疲れもあってか、興味がない様子。わたしはグフランと回り、江戸の糞尿を運ぶ桶をかついでみたり、明治の初の公衆電話で「アロアロー、シュローネッチ(お元気)?」とイラクに電話をかけてみたり、人力車や自転車に乗ってみたり。バスラでは自転車はおとこの乗り物だそうで、グフランは自転車初体験(動かない見本だけど)。愉しむ乙女2人。東京大空襲など戦争のところは、やはりさっと見でとばした。実際に今、戦争のただなかにいるかのじょに、戦争の模型を見せられなかった。
グフランに政治的な話をしてごめんねと断ってから、今の状況やサッダームについてどう思っているのかも聞いてみた。かのじょはわたしの結婚式の日取りが4月9日のバグダード陥落の日ということに目を丸くして、「なんでそんなに政治的なのー」と繰りかえすんであった。それでも、日本髪のすきなグフランには、わたしのしろむく姿の写真を送ってねとお願いされた。

札幌では連日のハードな研修でまいることもあるだろうけど、そのぶん東京ではぞんぶんに羽を伸ばしてもらえたように思う。同行された札幌在住フリーライター木村さん曰く、「札幌ではこんなに笑顔の2人は見たことないわ」とのこと。アテンド役としてはうれしい限り。
アラビア語もみっちり学べたしね。今までハニなんかに教わった、たとえば「タアー(来いよ)」という言葉なんかは、ペットの動物かよっぽどの親しい間柄じゃないと使わないらしく、お嬢さま2人には「なんて悪友をもっているの」と怒られたんでありました、はい。
今度はバスラで会えたらいいな。「アッシューフィッチ・インシャッラー(神がお望みならばまた会いましょう)」と、何度も云って。
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by peaceonkaori | 2007-02-19 20:37 | 国内活動