NPO法人PEACE ON相澤(高瀬)香緒里による日誌的記録(~2007年まで)


by peaceonkaori
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ダマスカスでもアパートメントに住んでみる

5月20日、今日はヨルダンからシリアへと向かう。

アパートメントの最後の1泊を、17ディナールから15ディナールに負けてもらう。大家さんに「アルジューク(お願い)」とにこにこしたら、OKだった。食事をごちそうしてもらったり自炊したりして、けっきょくヨルダンでは外食代を1銭も払わなかったな。
お昼時にハニのお宅に寄り、みんなでドルマ。やっぱり、これを食べなくっちゃね。二女ルカイアが、「アイラヴユー、カオリ」と云って離さない。何度も抱擁を交わす。

アブダリのバスターミナルで、サラマッド&アマラと待ち合わせる。ダマスカス行きのセルビス(乗り合いタクシ)のおじさんが、4人で36ディナールともちかけるので、わたしは30ディナール(約5200円)まで値下げさせた。まけてもろてナンボやねん、こっちも生活かかっとんねん。サラマッドは別のセルビス会社で、もっと高くふっかけられていた。

ヨルダン国境では、やはりイラク人サラマッドに時間をとられてしまった。入国ならともかく出国するんやからさっさとスタンプ押しよしなー、とこっちは思うのだけれど、書類を書かされたり別の所に呼ばれたり、なんとなくイライラする。サラマッドの隣でじーっとお役人を見据えていたら、「この日本人は手続き終わっているのになんだ」というようなことを言われてしまい、サラマッドが苦笑しながら弁明していた。むぅ。
やっとこさ済ませてセルビスの助手席に座ったサラマッドが後部座席のわたし達をふり返り一言、「なァ、イラク国籍やめよっか」。

運転手さんが気に入ってわたしに、「アロー、カハロー、シッティー、シッティーヤシッティー」と繰りかえし歌わせる。自分の携帯電話の"着うた"にしている、アイドル歌手のイントロらしい。ヤバニエ(日本人のおんな)が口ずさむので、大いに満足していた。かれはシリアに入って途中の幹線道路でほかの運転手さんと交代し、去り際にもまだ「アロー、カハロー…」と念をおしていた。

お宿はどうしようかと話していると、運転手さんが不動産屋さんを紹介してくれるという。シリアでもアパートメント、悪くはないな。
1件目。2部屋の寝室と居間、お台所、お便所、シャワー。イラク避難民の多い地区らしくそれはそれで都合がいいのだけれど、繁華街から遠くてほかの町に行きにくいので、却下。
2件目は、幾らか狭いしきれいでもないけども同じような間取りで、3泊100ドル。「ちょっとお高いのでは?」と渋るわたし、でももう遅い時間だし疲れているし、ということでこの物件に決定。アマラはさっそく出たコックローチに、「サヘー(まじで)!」と甲高い声で悲鳴をあげていた。婦女子2人でぷるぷる。サラマッドと「化学兵器の出番やね」と言いながら、殺虫スプレーを買いに走る。

e0058439_12434314.jpgお母さんの手術のためにイラク西部アンバールからダマスカスに出てきているハニの弟マージドに、ハニからのたいせつな預かり物を渡すため、アパートメントまで来てもらう。はじめてのご対面でどぎまぎするも、一瞬で仲良しになれた。だってこのお顔、ほんまにハニとそっくりなんですもん。
マージドは、アンバールで測量士をしているらしい。ハニに説明されてわたし達が「測量士のことやんね」と確認していると、ハニはそれを英語と勘違いして「ソクリョオシ…?」と覚えようとしていた。や、日本語です。
オム・ハニ(ハニのお母さん)は、おんな手1つでミシンをカタカタいわせながら生計を立てこども達を育ててきた。ハニの新しいプロモーション・ヴィデオ「グリーン・フィッシュ」には、風車のような輪が回転しているシーンがある。それは、故郷ヒートの風車の光景やお母さんのミシンを思い出してのものだという。
アンバールの田舎地帯、インシャッラー(神がお望みならば)新婚旅行に案内してやろうと、昔ハニが約束してくれたっけ。そうね、いつの日か、そう遠くない日に?

玄関の引き戸には鍵がついていなかったので、サラマッドがカーテンのボンボンをきつく縛りつけた。ふあんがるわたしにサラマッドはニヤリとして、「これがバグダード式さ」。ら、乱暴やな!
さてさて、サラマッド&アマラと共同生活のはじまりはじまり。
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by peaceonkaori | 2007-06-19 13:00 | 中東にて