NPO法人PEACE ON相澤(高瀬)香緒里による日誌的記録(~2007年まで)


by peaceonkaori
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

水煙草をくゆらす

やっとフィラスが帰った後、サラマッド&アマラ夫妻とアルギレ(水煙草)カフェでダブルデート。カシオン山の夜景を目に、屋上で水煙草をぷかぷかする。
今回は航空券があまりに高いので当初サラマッドが1人でフランスから駆けつける予定だったのに、運よく安いのが入手できたためアマラと2人で来られることになった。よくよく聞いてみると、なんとサラマッドがアマラに涙を流して「1人はいやだ、一緒に来てくれ」と嘆願したのだという。きゃー、可愛い! アマラがサラマッドのあたまを撫でながら、話してくれた。
サラマッドはきまりが悪そうに、イラクのことがしんぱいで毎日なにも手がつかないことをこぼした。サラマッドもイラーキー、PEACE ONスタッフである前にかれも戦争被害者なのだ。イラク国内に家族がいる、近しい友を亡くしたりご近所さんが武器をとって戦っていたりもする、祖国が混乱の渦に呑まれている。じぶんがとりあえずは安全な他国に一時避難しているからといって、もちろんそれで万事快調なわけではない。いわれのない罪悪感が己を責め、毎晩のように悪夢にうなされている。もう、疲れているんだ。

翌晩も、フィラスはなかなか帰らない。アパートメントに戻ってサラマッドとアマラがお部屋で祈りを捧げていると、フィラスは「僕にも祈らせてくれ」と靴を脱いでシャワーで身体を清めてから祈祷し、さらに朗々とクルアーンを詠唱しはじめた。わたしがアマラから贈られた携帯用のちいさなちいさなクルアーンをフィラスに見せたら、かれは「ありがとう」と云ってそっとそれにキスをした。
アラブでは、よそのおとこがいる前で女性はあまり煙草も水煙草もやらない。わたしのような東洋のおんなは別として、アマラはさすがにフィラスがいては水煙草が吸えない。わたし達は苦笑いしながらフィラスが帰るのをしんぼうして待っていたのだけれど、ついにあきらめて街へと出た。

e0058439_2139930.jpgシリアは今ちょうど大統領の信任投票の直前で、街はお祭り騒ぎ。爆音で車が走行しているとおもてへ出てみれば、はこ乗りになった暴走族みたいな車列が我がもの顔で連なる。シリア国旗をはためかせ、「ボッロッビッデムッニブディークヤ・バッシャール(血も魂もバッシャールに捧げる)!」とテンポよく叫んでいる。「ちょっと今の聞こえた? (サッダーム時代の)イラクを思い出すわ」とアマラ達もにたにた笑っている。
ヨルダンでも、国王アブドゥッラーがスポーツをしていたり軍が行進しているプロモーション・ヴィデオのようなものが、テレ・ヴィジョンで流れていた。ハニのこどもらに聞くと、学校でもいつもアブドゥッラーに忠誠を誓うらしい。サッダームの「圧政」から「解放」されるために、イラクは侵攻された。人びとはサッダームを崇拝していた、すくなくともそうよそおっていた。だけど、隣国ヨルダンにしたってシリアにしたって、いたるところに肖像画が飾られている。車の窓にもお店の受付にもテレ・ヴィジョンにもお財布のなかにも携帯電話の待ち受け画面にも、アブドゥッラーそしてバッシャール。サッダームは最後までアメリカに反発した、だから今日の泥沼がある。闘ったサッダームを英雄視するか、おべっか使いで戦争を避けたほうが賢いと思うかは、イラク人に聞いてもそれぞれの立場で異なる。それについてわたしがなにか言うことはできないと思っている。でも…この旅の読み物に携えた日本社会臨床学会『社会臨床雑誌』第14巻第3号の小沢健二「企業的な社会、セラピー的な社会」を読みながら、深くうなずくわたしがあった。

タクシで移動する際、人数オーヴァーで助手席にサラマッドとフィラスが2人で座る。ものすごい苦しそうでつい笑うわたしにサラマッド、「これがイラク・システムさ」…!
[PR]
by peaceonkaori | 2007-07-05 21:43 | 中東にて