NPO法人PEACE ON相澤(高瀬)香緒里による日誌的記録(~2007年まで)


by peaceonkaori
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メールを交わしつづける

メールで届けられたその写真を見たとたん、感涙がわたしを襲った。
なんてことはない1枚の家族写真だった。お家の居間のようなスペースで、家族がそろっている。真ん中に大きなケーキが置かれてい、両親や兄弟姉妹、臨月をむかえた義妹がいっせいにカメラのほうを見つめて咲みを浮かべている。とくに趣向を凝らしたものでもない、ふつうの集合写真だった。
それは、イラクの友が送ってきたものだった。じゅうたんのうえに皆が座り、敷物に食べ物が並べられている。缶ジュースはイラーキーのすきな炭酸飲料ばかりだし、壁にはイスラーム教のカレンダーと思われるもの、おんな達はよく見かける寝巻きのような部屋着のようなものを身にまとっていた。皆がぶじ、だんらんできている-それだけで、わたしはうれしかったのだ。
この家族のバグダードでの生活ぶりを、わたしは幾度となく聞いていた。武装グループ(米軍も民兵も)に狙われるお父さん、ご近所さんが次つぎに殺されるのに怯えるお母さん、お友達が撃たれるのを目撃した兄弟姉妹、脅迫状をつきつけられたそのひと。これでは休まる時がないじゃないか、と思えてしまう話がつづいている。冗談を云いあったりできるよゆうはあるんだろうかと、わたしは日常会話を空想してみる、だけどうまくできなかった。話だけ伝え聞いていたそのひとらの、顔をひさしぶりに見ることができた。写真に向かって声をかけ、いつか会える日を夢想した。

数日前にはサマーワ出身の友がイラク国外から連絡をくれた。
サマーワといえば、そう、陸上自衛隊が行っていたことで日本では有名になった町、日本政府が「非戦闘地域」と呼んでいた町だ。
そのサマーワでも活動する武装グループがかれに死の脅迫状を送りつけたので、かれはイラクを脱出したんであった。そして今度は、今のイラク政府からも命を狙われているのだという。なんでも、かれを捕らえてイラクに送還するよう今のイラク政府が各国に通達を出しているのだとか。
祖国を追われてなお恐怖に取り巻かれる、逃れられない不安。だのに、「こんな話をしてしまってごめん。素敵な日々を過ごしてね」とやさしく振る舞ってくれるかれの寛容さ。

べつのバグダードの友からもメールを受信する。
お義父さんがとうとう拷問死したという報せに嘆くわたしに、かれは「かおりチャン、僕は直接にたくさんの親戚や周囲のひとを亡くしている。遅かれ早かれ僕だって殺されるんだろうけど。我われは死を恐れない。亡くなったひとは安らぎや心地好さを、生きている僕ら以上に得られているんじゃないかってね。ともかく僕は君に書きつづけるよ、人生の最期の時が来るまで…」と返事してきた。
わたしはどう返信すればよいのか分からない。安全圏にいてなにを云ったところで、とても虚しく響いてしまう。だけど、返さないわけにはいかない。イラクを忘れていないと訴えつづけることが、わたしにできることだと思うから。かれの苦しみには遥かおよばなくても、ほんのわずかでも痛みを共有できたらなと思っている。
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by peaceonkaori | 2007-08-19 12:58