NPO法人PEACE ON相澤(高瀬)香緒里による日誌的記録(~2007年まで)


by peaceonkaori
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

旧市街を探訪

3日ぶりに話したおっとに、思い詰めずにゆっくり街でも歩きなと気分転換を促されたので、お洗濯を済ませてから午後はスーク(市場)へ出掛ける。

ダマスカスのスークは、アラブでも有数の巨大な商店街。スーク・ハミディエとそれに並行して走るスーク・ミドハド・パシャ、その間を無数の商店が迷路のように並んでいる。全てのお店を見るどころか全ての路地を歩くこともできないほど。

まずはミドハド・パシャへ。工事中で道が散らかっていて吃驚、といってももともときれいじゃないけど。埃っぽく、コンタクトレンズを外し眼鏡にして正解。リーファとアレッポのオリーヴ石鹸を購入。リーファはなつめやしの木の繊維でできた身体洗いで、以前はイラク産のを使ったり販売していたが、今回はシリア産。
e0058439_178084.jpg


カフェレストランで、アルギーレ(水煙草)を勧められたのでメロン味を吸う。13OSP(約130円)。アラブ世界でおんなが人前で水煙草ええんかなと遠慮していたが、よく見ると奥の席でヒジャブ被った地元シリア女性らがシーシャ(水煙草)やっている。シリアでは女性もOKなんだそうな。

ズフラートとバーミヤも買う。この辺りは香辛料やコーヒーなどの市場が並ぶ。ズフラートは薔薇の花などのハーブで、お湯に入れてお茶みたいにして飲むと乾燥した冬には喉によいし温まる。もうすぐ冬だからか、どこにでも盛んに売っている。バーミヤはオクラのこと。乾燥オクラが紐に吊るされて乾物屋さんの軒先に並ぶ。

夕暮れる「真っ直ぐな道」を歩く。次第に喧騒から離れ、新約聖書の物語の中に迷い込む。ローマ記念門を過ぎればキリスト教地区。趣も変わる。教会の鐘の音が耳に届く。小径をくねくね曲がり、またイスラーム教地区へと戻る。
今度はウマイヤド・モスクからひとの声が聞こえる。こういう唱和、幼い頃に京都のおばあちゃん達が仏さんの前でいつもやっていた。

モスク裏の石のところで休憩していると、少年が得意気に「ワッツ・ユア・ネーム? マイネーム・イズ・ムハンマド」と云う。ただし英語はこれしか知らないらしく、自転車に乗ったお友達とタクシごっこを始める。
子どものみならず大人も盛んに声をかけてくるのがダマスカス。青年などはもしかしたら外国おんなに卑猥な言葉を浴びせる場合もあるかもしらないが、そこまでアラビア語が分からず。今のところ愉しい。

とんでもなくうつくしい石の門などを見上げ、ダマスカスには歴史と現在とが混在し生活が成り立っていると感じる。こういうところが古都に生を享けた者として共感を覚える。ただし今の京都には時々悲しみさえ抱く。東京型の商いが随分と浸透したように思う。

夕食は旧市街のレストランへ。17世紀からの名家をホテルとレストランに改装したジャブリー家。旧市街の建物は、入り口は狭いのに内に入ると中庭が広がりとてもうつくしい。これまで訪れた中ではパリの大衆食堂に似ているけれど、お城のような建築も葡萄の葉の間から見える天空もお酒の匂いのしない賑わいももっともっと素敵。この造りはクルアーンの教えによるらしい。つまり、天国への門は狭くしかし天国は広いと。
e0058439_17162911.jpg

席に着くと給仕係が同行の男性かけ寄る。「お連れさまは奥さまでしょうか?」「いや」「それではもうすぐご結婚なさるのでしょうか?」「いや」という風だったらしい。イスラーム世界では婚姻関係にない男女が連れ立つのはご法度。日本の感覚を理解してくれるかたととはいえ、なんだか申し訳ない。
典型的なシリア料理をリクエスト。ずらりと並ぶ。スープ、チーズのパイみたいなの、ファットゥーシュ(アラブ風サラダ)、ひよこ豆の煮物、ファラフェル(ひよこ豆のコロッケ)、レバノン風ホンムス(ひよこ豆のペーストにパセリが混ざっている)、マハシーみたいに葡萄の葉にお米が巻かれているもの、お茶。料理名をきちんと覚えられなかった。お味はもちろん申し分なし。

ライトアップされたウマイヤド・モスク周辺を歩き、バッシャール大統領のオフィスや各国大使館などが窓を流れながらのドライヴ。こういう風景、おっとがすきそうやから見せたかったなあ。いつも下町ばかりの貧乏旅行、甲斐性なしなわたしでおっとよごめんよ!と念ずる。
[PR]
by peaceonkaori | 2007-11-06 17:17 | 中東にて