NPO法人PEACE ON相澤(高瀬)香緒里による日誌的記録(~2007年まで)


by peaceonkaori
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2005年 09月 27日 ( 2 )

我が部屋に、深刻な水不足が到来した。
相変わらずシャワーは、チョロチョロ出て止まってと繰りかえしている。洗面所はお水が出なくなっていたからお湯の蛇口ばかりひねっていたのだけれど、お湯だって出なくなったりする。そして今まで水槽に手を突っこんで流していたおトイレのお水までも出なくなり、チョロチョロの洗面所からお水を汲んで水槽に入れる始末。
お部屋をかえてもらうか別のホテルに移るかしたほうがいいかもしれない。
水までも「インシアッラー」(神がお望みならば)というところか。

昼過ぎまでホテルでPC作業。ルームサービスで頼んだチャイは、劇的に甘かった。

e0058439_18111634.jpgシュワルマのサンドイッチを頬ばりながらインターネットカフェで作業。シュワルマは、回るチキンやミートを削ぎ落とす。0.5JD(ヨルダン・ディナール)=約75円はすこしお高め?

e0058439_18113316.jpg通りで散策していると、商人に呼びとめられた。かれはちいさなビンに色とりどりの砂を入れてゆく。それが大地をつくり砂漠をつくり駱駝をつくり山脈をつくり青空をつくり雲をつくり太陽をつくっていった。見事なアートだった。
それを一緒に見ていた家族連れと話をする。かれらもまた、イラク人だった。昨年にはもうアンマンに引っ越してきたらしい。街に、イラク人があふれている。

イラク人の顔がなんとなく分かるようになってきた。なんというか、田舎者っぽいのだ(失礼!)。アンマンにはパレスチナ人も多いが、パレスチナ人は恰好よい。

夕方になって、YATCHがイラク戦争中にイラクで出逢ったヨルダン人のお家に招待される。
かれはベドウィンの出で、日本の武道に興味があったり詩を書いたりするロマンチストでアツい人物だった。英語は映画から覚えたらしく、まるで映画俳優のような話しかたをする。なにかジョークがとび出すごと、YATCHと手を叩いてかたく握り合うところなんて、如何にもだ。その言動とおなじく、かれの人生もまたじつに波乱万丈。近況報告を聞くだけで、数時間が過ぎた。
e0058439_18115276.jpgそのうちにかれが、拘束された時の対処法やカラテの術などをわたし達に教え始める。YATCHとかれがやるそれは、小学生男子のようで微笑ましかった。銃弾こそ入っていないものの、ほんもののガンまで出てきた時には驚いた(おんな戦士の様子はトップ写真ご参照!?)。かれは、以前YATCHがプレゼントした「侍」Tシャツと今回わたしが贈った龍の手ぬぐいを着用し、「さあカオリ、どんどん写真を撮るんだ」とノリにノッていた。
e0058439_18121225.jpgかれが晩ごはんを作ってくれた。伝統的なベドウィン料理とのことで、チキンと色ごはん、それにヨーグルトやマヨネーズをかけて食べる。美味くってモリモリ食べたが、それでも多い。客人が食べきれないほどのお料理を出す、それがアラブのもてなしなのだ。残したことを謝ると「なぜsorryなんだい?」と逆に尋ねられる。いえ、やさしさなのはわかるけど、それにしたって食堂などで見る限り、アラブ人は残すことをなんとも思わない。
ついでにいうと、ゴミを分別するという概念はなくポイ捨ても平気で環境意識もゼロ、禁煙運動なんで起こりそうにもないし、携帯電話にマナーなどなし。 それがアラブだ。
かれと、イラク情勢や宗教などについて話を深めていると、次々と家族が現われては挨拶をして去ってゆく。家庭に、あたたかさがある。
夜が更けていった。帰りは、かれの近所のお友達が車を出してくれるという。また会おうと約束を交わし、ホテルまで戻った。

バグダードに電話をかけると、スタッフは今夜なんとか帰宅できたとのこと。ほっとするのも束の間、道中でさんざんな目に遭ったという。詳しくは追って聞くことになったのだけど、それにしてもとりあえずは無事でなにより、ほっと息を吐いた。
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by peaceonkaori | 2005-09-27 03:35 | 中東にて

イラクへ(9月23日)

午前中はPC作業とお洗濯。遅めの昼食をとりに外に出る。ホテル前にはまた別の大荷物を積んだ車が停車していた。昼夜を問わず、次から次へとイラク人がやって来て、このホテルにはイラク人しか泊まっていないんじゃないかとも思う。

e0058439_18174183.jpge0058439_18175365.jpg近くのファラフェル屋さんへ入ると、店主は電話中で、奥で青年がはにかみながら手を振っていた。すぐにかれがファラフェルを包み始める。わたしが写真を撮ってもいいかと尋ねたら、かれは大急ぎでお店の奥に引っこんできれいなTシャツに着替えてきた。さらに、かれの写真を撮ったらば、店前にたむろしていた少年達が一気に押し寄せてき、 撮影をせがんで大騒ぎ。
街を歩けばこの日本人娘にみんな興味津々らしく、よく声がかかる。幼児にはきょとんとされるし、赤ちゃんは沈黙のうちに笑いながらヨダレを垂らしていた。YATCHにいわせるとしかし、これでもヨルダンはイラクよりずっとツンとしているという。若者が多いようにかんじるけれど、それは逆に日本がすくないということかしらん。

e0058439_18181698.jpg現地スタッフと最終ミーティング。始まっていることにも気づかずにぐっすり午睡に入ってしまっていた。迂闊だ。
と、日本のシャミール常岡さんから電話がかかってきた。ミーティング中だが皆にかわる。今年2月に現地スタッフと常岡さんがアンマンで会われた時の写真をわたしはしばらくPCのデスクトップにしていたぐらいだから、なんかうれしいんだなあ。

e0058439_1818369.jpgチャーミングなイラク人スタッフがハンバーガーを食べたいというので、恋バナなどしつつアラブ式ハンバーガー屋さんへ。もちろんハラール料理。わたしはケバブのバーガーを。ひさしぶりに炭酸でないジュースを飲んだ。アンマンでは、ペプシとかコカコーラとかセブンアップとかミリンダとかファンタとか、とにかくジュースといえば炭酸飲料なのだ。

ドキンドキンしている。今夜、スタッフがバグダードへ帰る。この数日は、毎日くたくたに疲れるほど、ハッピーな日々だった。わたしはスタッフのやさしい笑顔を見るたび、なにかあたたかい毛布みたいなものにくるまれているような心地になったものだった。
顔を出してくださった高遠菜穂子さんらも交えて、ロビーで歓談。医薬品なんかの大量の荷物を整えてGMCが来て、いよいよお別れ。
わたし達は、ターミナルまで行けないどころかホテル前で盛大にお見送りすることもできなかった。なぜなら、一緒にGMCをつかまえようとすれば外国人向けの値段をふっかけられるし、さらにたとえば運転手らがなんらかのグループと密通していて外国人と繋がっていることをチクられ身に危険が及ぶかもしれないから。悲しくなるよなそんな理由でわたし達は、ロビーで静かに握手を交わしカーテンに隠れながら窓の外を去ってゆくスタッフを見届けるしかなかったのだった。イラクと繋がっていたいからPEACE ONをしているのに、イラク人の安全のために支援もたんなる見送りすらもこっそり進めないといけないなんて、まったくどうかしている。しかし、今はこっそりとでも、繋がりつづけるということ、それだけだ。かれらの無事到着を全力で祈る。
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by peaceonkaori | 2005-09-27 03:06 | 中東にて