NPO法人PEACE ON相澤(高瀬)香緒里による日誌的記録(~2007年まで)


by peaceonkaori
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2005年 10月 03日 ( 3 )

おはよう。今日こそはシリアに行かなくては。臭いお部屋だったからか、鼻筋が痛い。

e0058439_793320.jpgアンマン出発前に、画家のハニ・デラ・アリさんのお家に寄る。
まだ食べていないわたし達に、朝食まで用意してくださる。トマトの炒めたのとか、タイーブ・ジッダン(ちょう美味しい)。ご家族の笑顔に囲まれていただくごはんに、「アナ・サイーダ(I'm happy)」と繰りかえす。
ムスタファがYATCHに絵をプレゼント、わたしもナバから絵をもらう。11月に銀座のギャラリーでハニさんのワンマンショーが決まっているけど、ファミリーショーでもいいくらい。そしてなんと、ハニさんご自身がわたしの似顔絵を描いてくださった!(うれしいので、そのうちトップ写真にします。)
e0058439_7101075.jpge0058439_7113641.jpgハニさんとYATCHが来日時の航空券を手配しに行っている間、わたしはオム・ムスタファ(ムスタファのお母さん)とムスタファの先生との面談へ。ルカイアとハッスーニの手をひいて、学校まで。ムスタファの成績は、ヴェリーグッドだった。すきなスポーツを控えて勉強にいそしんだおかげで、イラクから移住しても保てたのだ。往き帰り、かたことの英語とかたことのアラビア語で色いろと話す。オム・ムスタファもやはり、イラクはよい国で恋しいけども今は危険だからとおっしゃる。6歳のルカイアまでもが愛らしい声で、「アメリーキ、ムシュケラ・カビール(アメリカ、大問題)」と叫んでいる。サダムの時代も悪かった、だけど今はもっと悪い…というのが、ここへ来てひじょうによく聞くイラク人の声だ。
e0058439_712119.jpgルカイアはまたもわたしのために、太陽とお花の輝く絵を描いてくれた。そしてハッスーニまで。鉛筆がきで見えにくいかもしれませんが、この宇宙人みたいなのが、ベッドに腰をおろしているわたしなのだそう! ハニ家イチの前衛画家ハッスーニ、まいりました。
アンマン駐在の原文次郎さんも合流して、お見送りしていただく。はらぶんさんは、医療支援で病気のこどもと多く会うので、元気いっぱいのこを見るとなんともよいものだとおっしゃる。
ルカイアは何度も「カオリ、バイバイ。バイバイ、カオリ」と云ってくれる。インシャッラー(神がお望みならば)、また会いましょう。

哀しいかな、ヨルダンではお買い物も観光もいっさいしなかった。ハードでタイトでヘビーで、それでいてハッピーな12日間だった。

e0058439_7112884.jpgアブダリというターミナルから、ダマスカス行きのセルビス(乗り合いタクシー)に乗る。1人8JD=約1280円で、4人揃ったところで出発。国境では出国税として、1人5JD=約800円を支払う。
同乗者はほとんど英語がつうじなかったので、かたことのアラビア語だけで会話。ここでも「アメリーキ、ムシュケラ・カビール」という声が。そして「ウサマ・ビンラディン、マーフィー・ムシュケラ(ノープロブレム)」といって笑いあう。
シリアに入ると、マクドナルドもケンタッキーフライドチキンもバーガーキングもピザハットも見あたらない。コカコーラだけはあるのだけれど。

e0058439_712476.jpg3時間半ほどでダマスカスに到着。ホテルにチェックインして、街を散策する。
街はもうすぐ始まるラマダンの準備に入っていた。三日月とお星さまのランプは、ラマダンの飾り。
e0058439_7122818.jpge0058439_7124347.jpgブツブツのついた橙色の果物を売る屋台がやたらと目にとまる。聞くと、サバーラといってサボテンの果実なんだそうだ。試食させてもらうと、ひんやりと甘かった。
お酒屋さんでビールを買うことにする。ところがお店のひとが売ってくれない。宙を指さすのでハテネと思っていたら、おおそうなのね、モスクからイスラム教のお祈りの声が街に響いているあいだは販売しないらしい。皆おもてに出て、じっと聴き入っている。ダマスカスにはキリスト教徒も多いと聞いているけど、こういった配慮はなんだか好いね。
7つのジャバル(山)のあるアンマンとは違って、ここダマスカスは自転車やバイクをよく見かける。ちょっとした洒落っ気など街もどこか西欧風にもかんじる。長い歴史をもつせいか、様ざまな血の混じったような彫りの深い顔つきのひとが多い。代表YATCHは「シリアは美女が多いなあ」と鼻の下を伸ばしていた。
e0058439_7135166.jpgオープンカフェでアルギレ(水たばこ)をぷかぷかする。こういったなんでもない時間をもてるのは、かなりひさびさのこと。あらわれては消えゆくスモークに、しばし身体をもたれさす。騒がしいこの街で、すこしゆっくりできたらいいけど…どうかしら。
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by peaceonkaori | 2005-10-03 07:13 | 中東にて

境(9月30日)

今日から冬時間になるそうである。1時間とくした気ぶん。

e0058439_75417.jpge0058439_74430.jpgよく買いに行っていたホテル近くのファラフェル屋さんにて。「今日シリアへ発つの。あなたのファラフェルはとっても美味しかったわ」と告白すると、おじさんは「そうかい、そうかい」とにこにこ笑ってくれた。初めて来た時よりずいぶんフレンドリーな感じ。ファラフェルとジュースで30fils=約45円、おまけしてくれたのかも。

インターネットカフェ、そしてクリフホテルのサーメルくんのところに寄る。

「燃えるイラク」議長として日本でも講演なさったイラク人のマジドさんと落ち合う。来日時にナンパしてメル友になり(?)、アンマンで再会というわけだ。
待ち合わせ場所をこちらの安宿に変更してもらうとかれは時間きっかりにご到着、逆に待たせるはめになる。しかもタクシー運転手が道もわからず猛進し、激しく時間をロス。3JD以上を要求する運転手に、わたしは1JD札を突きだしてタクシーを飛び降りた。かれは、ロビーでは待たずに、おつきの2名を従えておもてをうろついてらした。高級車で高級ホテルへと連れてゆかれる。かれのその貫禄たっぷりの体格といい物腰といいこのシチュエーションといい、なにかの物語のなかに迷いこんだみたいだ。
カフェテリアであらためて話し始める。ボスとしてYATCHを紹介し、YATCHがPEACE ONワークスをプレゼン。かれは、ファルージャ避難民キャンプへの支援の内容やイラク人スタッフのことなどについて、調べ上げるようにメモをとる。信頼できるかをチェックされているわけだが、ひじょうにていねいに聞いてくれた。かれはドレイミ族のとても頼りになるかたなので、今後どのように連携してゆけるかを議論した。
おつきのかたは隣のテーブルで片時も気をゆるめてはいなかった。かれがさっと手をあげたり声をかけたりすると、かれらはじつにスマートに対応していた(かれは会話中は携帯電話のバッテリーまで抜くんであった)。わたしが途中でお手洗いに行きたいと申し出ると、おつきの1人がその鍛えあげた身体で案内して待っていてくれた。
イラクについて話し合っている時はあふれる威厳がかれのオーラを形づくっているのだけれど、わたしと他愛もない話をする時にはかれはにっこりと頬を弛緩させてくれた。そのコントラストがかれの紳士的チャーミングさを増し、そのやさしさに包まれるようにしてわたしは、イラクの厳しい現実について会話しても、どこかほっとできたんであった。
帰りもわざわざ送っていただき、おわかれ。かれとかれらの無事を願う。

e0058439_754315.jpg原文次郎さんと、イラク食堂で晩ごはん。ほんとうならダマスカスへ向かっているところなのに、もう1件の約束の相手が連絡をよこさず出発できないでいたのだった。
通りには、赤色ナンバープレートのイラク行きGMCが停まっていた。これに乗れる日は、いつやって来るのだろうか。
午後10時、チェックアウトしたホテルのロビーでうなだれる。YATCHがフロント係に叫ぶ、「ねえ、もう1度チェックインしてもいいかなァ」。
鼻のひん曲がるような臭いのお部屋で、寝るだけ寝ることにした。明朝、シリアへ。
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by peaceonkaori | 2005-10-03 07:04 | 中東にて
フロントに内線電話をかける。「どうも、411号室の者です」と切り出すと、「チャイとトイレットペーパーだね」と返される。毎朝おんなじ電話をかけるから、からかわれちゃった。

パンをかじりつつ、インターネットカフェでPC作業。時間がないので切り上げる。
日本大使館でイラク人ヴィザ取得のための手続き。

e0058439_703264.jpg薬剤師のハイサムさんの薬局へ行く。
ハイサムさんは、アラブ服をプレゼントしてくださった! 黒いワンピースに伝統的なパレスチナの柄が手縫いで刺繍されている、うつくしくシックで乙女らしいドレス。シャーレ(髪もすべて覆うのがヒジャーブ、髪がすこし出ていてもOKなのがシャーレだそう)とともに、さっそく着用してみる。ジャミーラ! 落ち着いた色合いなのでクラシック日本人顔のわたしでも似合う…気がする。みんなに褒めてもらう。うれしい。YATCHはディシターシャ(男性の白ワンピース)などをもらっていた。

パレスチナのワンピースをそのまま着、画家のハニ・デラ・アリさんのお宅で夕食をいただく。
e0058439_72134.jpgアルジャジーラTVが、イラクの爆発のニュースを報じていた。食卓に一瞬、憂いのムードが漂う。ハニさんがそっと、「これが民主主義さ、ブッシュのね」と呟いた。イラク人と一緒にイラクのニュースを見るのは、あまりに悲痛だ。食事前にも、米国ハリケーンのニュースが流れた時、イラクから来ているお客さんが「これは神の怒りだ」と静かに云い、またハニさんのこどもでさえも「グッド、グッド」と叫んでいた。侵略と占領をつづけるアメリカへの憤りが、これほど和やかな家庭の1人1人にまで及んでいる。それだけの被害をかれらは受けている。イラク治安悪化のためヨルダンに移り住んだかれらだが、ハニさんはもちろんこどもらもバグダードのお友達がしんぱいだしイラクに帰りたいとも云う。その言葉は、遣り切れなくもなるけれど、逆にそのほんまもんの愛国のこころが、あきらめたらアカンねと勇気をもらえるものでもある。
またもムスタファとルカイアの絵をもらった。ムスタファは、お父さんのアートの後継者になれそう。
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by peaceonkaori | 2005-10-03 07:02 | 中東にて