NPO法人PEACE ON相澤(高瀬)香緒里による日誌的記録(~2007年まで)


by peaceonkaori
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2005年 12月 06日 ( 2 )

26日夜、サラマッドからイラクの現状のヴィデオ群を見せられる。拷問死の映像は、すでにアンマンでイラクの人権団体から受け取っていたものだった。これでもか、これでもか、というほど目を背けたくなるような現実がつづいてゆく。それを今わたしは、イラク人と見ている。
19日の深夜には日本到着早々のハニさんに、おなじものを見せてしまった。わたしの翌日の講演のために訳してもらう必要があったので。もちろんそんなもの、大すきなイラクのひとに見せるのは厭だ。ハニさんは衝撃を受けていたようだった。それでもきちんと訳してくれた。
このような仕事に就いているのにこのような事実を叩きつけらると貧弱なわたしは、入浴中にフラッシュバックが連続したり連夜の悪夢にうなされたりと、情けない事態を起こしてしまう。けれどこれらは現在イラクで実際にある状態であり、知った責任はあまりに重いが、それに耐えつつけっしてアクションを止めてはいけない。

e0058439_15513362.jpgそうして27日は、朝から準備に追われてバタバタと。今回の目玉イヴェントともいえる講演会。題して「そうだ!イラクの友に聞いてみよう」。
この日のために会議を重ねてきた実行委員会メンバーの会員さん達も次つぎに事務所に到着、さっそく仕事を進めてくださっている。みなさんにはイヴェントごとにいつも手伝っていただいていて、たいへんに有難い。
会場は事務所のお隣、臨済宗妙心寺派の養源寺さん。ふだんは法事などを執りおこなうホールでの、イラク人講演。目標の100人には及ばない45人程度の参加者でしたが、森住卓さんをはじめとするイラク色の濃いかたがたも多数お出でいただき、さらにうれしいことに遠くはるばる岩手から福岡から徳島から福島から会員さんが駆けつけてくだいました。そしてなにより、イラクからサラマッドとアマラというPEACE ONメンバーがやって来たのですもの! PEACE ONにとってまたとない良い時間だったのではないでしょうか。
前日にひきつづきまたもわたしは内容をほぼ聞き逃したのだけど、イラク大すきメンバー揃い踏みのディープな2時間半を過ごせたことと思います。お越しくださったみなさま、ありがとうございました。後日、この講演会を撮影したヴィデオから書き起こしをしようと考えています。

e0058439_15514819.jpg終了後の交流パーティは、ペルシャ&トルコ料理レストランzakuroにて。
1つめのサプライズは、サラマッドとアマラの結婚パーティ。サラマッドが戦時下でアマラに宛てたラヴレターをここでふたたび読み上げると、みんなからヒヤカシの声やら歓声やらが沸き起こり。キルトの正装とイラク国旗を身に纏った軍事ジャーナリスト&バグパイパー加藤健二郎さんによるバグパイプ演奏も披露され、大いに盛り上がったところで、2つ目のサプライズ。それは、PEACE ON代表YATCHこと相澤恭行からの婚約発表。記者会見さながらのフラッシュがたかれて眩しい。PEACE ONの裏組織(?)"LOVE ON"のリーダーであるサラマッドの顔もゆるみっ放し。YATCHとサラマッドのわかち難い友情が、お互いを祝福する。みなさまから色紙が贈られる。まさにピースフルな刹那が流れゆく夜なんであった。

(写真提供はPEACE ON会員でもあるWattan.こと渡邉修孝さん)
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by peaceonkaori | 2005-12-06 15:51 | イラク人来日プロジェクト

ホームタウン

e0058439_3124948.jpg26日は世田谷のらくだにて、ハニさんのアートライヴ! 画家の増山麗奈ちゃん(PEACE ON会員でもあります)との共同ライヴペインティング。
ハニさんは数日前、夜中の3時に「眠れないんだ」と起きてきて煙草をふかしながらこのイヴェントについて模索していたほどだったから、こちらも期待する。
歌ありピアノありイラク話ありパレスチナの地ビールありの楽しいムードで、わたしもパレスチナのドレスとヒジャーブを身に纏っての参加。らくだは、昨年もPEACE ON共催イヴェントをさせていただき、お店にはLAN TO IRAQの絵を2枚も買って飾ってくださっている。ありがとうございます。
21日のハニ個展記者会見で1年ぶりの再会を果たしたイラク人演劇留学生アナスも、パントマイムを披露してくれるそう。昨年ムルワッス劇団の来日時に出逢って以来、バグダードのかれとたまにメールを交わしていたのだった。

e0058439_13533753.jpgといいつつも、わたしは受付と物販を担当していたため、中の様子はほとんど知れなかった。
そのうえ、イヴェント中に携帯電話に訃報が入る。姉の婚約者(2人ともPEACE ON会員です)の祖母が亡くなった。かのじょとは姉らの婚約式で会ったきりだったが、わたし達はディナーの席でかしましくお喋りを弾ませた。その後かのじょの病気が発覚し、ほんとうに愉しみにしていた来春の孫の結婚式まではもたないだろうとされていた。だのに夏に帰洛した際、また今度にでも見舞えばいいかと、わたしはかのじょに会いに行かなかった。そのことが悔やまれて悔やまれて、イヴェント中にもかかわらずわたしは会場の外で思い切り涙を落とす。もう二度と戻ってはこない、かのじょとの時間。かのじょは姉が看護婦を勤めるホスピスで、姉に看取られながら微笑みのうちに天国へと旅立ったそうだ。そのことが、せめてもの救いだった。わたしは姉に電話をかけて、「おばあさまにどうかご挨拶しておいて頂戴」とお願いした。姉はわたしに「イラクのお友達によろしくね」と云って、わたし達は電話を切った。

出来上がった絵をちらりを見た。テーマは「ホームタウン」。ハニさんの故郷に対する思いは、かれの絵の端々に執念のような誇りとなって散りばめられている。
わたし自身のホームタウンは、どうなんだろう。京の土地や血縁のしがらみを嫌悪し倒していた思春期の頃、隠居するといってとび出しての信州での日々、意識にのぼった京おんなとしての意地、そして東京、新しい家族をもつであろう未来のわたし…ホームタウンとはアイデンティティなのかもしれないと思う。

(写真上はPEACE ON会員でもあるWattan.こと渡邉修孝さん・下は同じく会員でジャーナリストの山口花能さん)
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by peaceonkaori | 2005-12-06 03:15 | イラク人来日プロジェクト