NPO法人PEACE ON相澤(高瀬)香緒里による日誌的記録(~2007年まで)


by peaceonkaori
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2006年 09月 29日 ( 1 )

29日、朝。眠い目をこすりつつ、成田空港まで向かう。帰国してから1週間、せかせか働いたりぶっ倒れたり皆さんの応援やご協力に感謝のこうべを垂れたりを繰りかえしていたら、あっという間にイラクの友がやってくる日になった。お出迎えは、いい顔でね。

ハニ・デラ・アリ画伯とシルワン・バラン画伯の来日!

11時に到着予定の飛行機、南ウィングにて待つ。韓国のサンさんという役者がやってくるらしく、出待ちのご婦人がたでごった返していた。YATCHが「(三十路男子の)あなたもサンさんのファンですか?」と訊かれていた。全員がハニ、シルワンのファンじゃないところがざんねん。

ところが、いつまで待ってもサンさんもハニ、シルワンも出てこない。わたしの携帯電話に、非通知設定で着信。空港内の入国管理局からだった。
ハニ、シルワンの名まえから滞在目的から滞在場所、期間まであらゆることを尋ねられる。わたしは怒りを抑えつつ、できるだけていねいに話すよう努めた。もうすこし経てば、出てこられるとのことだった。
イラク人という理由で、アラブ人という理由で、別室に呼ばれるなんて、人種差別にほかならない。わたしはその場に立ちあいたかったのだが、それは不可能だった。税関に電話は繋がらないだろうというのは、通り過ぎた関係者の話だった。もう時計は12時をまわっている。わたしは安易に電話を切ったのを後悔さえした。それでもYATCHにいわせれば、食ってかかるとよけいにかれらが尋問されるだけだから静かに待っていよう、とのことだった。

e0058439_2333194.jpgカートに大荷物を載せて2人が現われたのは、それから幾らか経ってから。「アハラン・ワ・サハラン(ようこそ)!」と駈けずりよって、キスを交わす。
かれらに言わせれば、日本は、とくにわたしとの電話のやりとりの後、これでもとても親切に扱ってくれたとのことだった。9.11の後、世界の国々はイラク人に対していつでもどこでもこうなんだと。
問題はトルコ。今回はトルコの飛行機で来日し、途中トルコでトランジットホテルを用意され1泊する予定だったのが、ホテルはすでに満杯と言われ、1人100ドル以上もする別のホテルに泊まらされたんであった。ヨルダンのチケット会社であれほど確認したのに、そんなばか騒ぎに巻き込まれるとは。満室というのは嘘で、イラク人だから泊まらせてくれなかったのだろう。ほんとうにすまない思いでいっぱいだった。

ハニは昨年も来ているからともかく、シルワンは初来日で嬉しそうにカメラやヴィデオをまわしていた。
魔都・東京を知っているハニは、田園などみどりの居並ぶ車窓の風景に、「なぜこんな素晴らしいところに住まずに、東京なんかに住んでいるんだ?」と言っていた。まったくの同感。わたしは東京が苦手なんである、はい。
シルワンは、慣れない自動改札機でもたもたしていた。クールなかれなのに、なかなか可愛らしい一面。

事務所に着くなり、シャワーを浴びて簡単な食事を済ませ、2人ともぐっすりお昼寝していた。ドカドカとノックしないと起きなかったぐらい。
ハニはいきなりナマの落花生を見つけてぽりぽり食べだすし(後で茹でてあげたけど)、シルワンは畳で思いっきり横になっているし、わたし達はわたし達でゲストが来たという感覚がほとんどなく家族のように振る舞っているし、どうなんだろう?と思いつつ、うまくやっていけてるのかなという感じ。
さてさて10日間、これからどうなることやら。とにもかくにも、アッラーイサハディック(おつかれさま)。
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by peaceonkaori | 2006-09-29 23:33 | イラク人来日プロジェクト