NPO法人PEACE ON相澤(高瀬)香緒里による日誌的記録(~2007年まで)


by peaceonkaori
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2006年 11月 25日 ( 1 )

私的キョート観光

10月4日は1日オフ。わたしの父のエスコートでシアーハ(観光)へと繰りだした。どこへ連れてゆこうかと迷う。だって、我が誇りの京をイラーキーのお2人にぞんぶんに味わってもらいたいんやもん。

e0058439_18251045.jpgまずは妙心寺の退蔵院。ここはわたしの幼なじみのお家で20年ものあいだ何度も来ているのに、実はきちんと拝観するのは初めて。有名な枯山水庭園などを眺め、お母さんの作ってくださった和菓子をお抹茶とともにいただく。イラーキーに侘び寂の精神を分かってもらえるかな、渋すぎるかなあ、なんてしんぱいしていたのは杞憂で、2人はとにかくはしゃぎ回っていたし、美のからくりの説明にも納得してくれた。

つづいては仁和寺で、仁王さんと五重塔だけちらっと見物。シルワンは出店で、椎茸の佃煮のようなものを買って食べていた。イラーキーはなにか食べ物をつまんでいるのがすきだ。ハニは僧侶と写真撮影。ハニが「かおり」と声をかければ、それは「スーラ(写真)撮って」ということ。はい、昨年も今年もおかかえカメラマンとなっとります。

e0058439_18253761.jpgそしてキンピカの金閣寺へ。シルワンが「パラダイスだー」といって嬉々としていたが、ここはこの世でのパラダイスをと建立されたのだからご名答。さすがシルワン、アーティスト。

寺町で紙司柿本さんやらで和紙などを購入。シルワンは、墨と硯まで買っていた。使いかた、分かってるのかな?

北山の東洋亭で遅めの昼食を食べている頃から空模様があやしくなってきた。
ケーブルとロープウェイ(ロープウェイから今日は!)で比叡山の山頂に着いた頃には、わたし達は雨雲のなか。それでも、墨絵のように幻想的な光景に恍惚と酔いしれる。標高900メートルを超えるとやはり肌寒い。だけど、シルワンもハニも雨に唄って愉しそう。下りはドライブウェイから。

帰りの車内では2人ともうつらうつら。めいっぱい遊んで写真を撮りまくって、さぞおつかれのことでしょう。ずっと「キョート、キョート!」と叫んでいたような気がする。シルワンお目当てのちいさな松の盆栽は見つけられなかった。

e0058439_1826492.jpg夜ごはんはわたしの実家にて。贔屓のお料理屋さんに定休日のところをお願いして、お膳を頼んだのだった。これぞ都の味。
ハニは腹を括って、今まで挑戦しなかったお刺身を食していた。シルワンには、日本の習慣としての「おーとっとっと」というお酌のやり合いを教えてあげた。

ハニはさすがなんでも絵画に採りいれるミックスメディアの作家だけあって、家の壁の素材なんぞを尋ねたり像が誰なのかを気にしたりしていた。シルワンも、曽祖父の肖像画が着ているものといい手法といい額縁といいなぜフランス式なのかと問うていた。
そう、東京のテクノロジーでない京都の民家というのをぜひ紹介したかったのだ。2人とも興味津々のご様子。

e0058439_1826205.jpg2人はなにやら相談し、感謝のしるしとしてわたしの両親の肖像画をそれぞれ描いてくれることになった。なんたる光栄!
仏間に新聞紙をひいてさっそく始める。とてもていねいなその筆づかいに、2人の気持ちがつたわってきた。父は今日1日を接待に費やし、母はお膳の仕度をととのえ、とくべつなお客さんだからと大玄関から入ってもらったのが、2人の気に入ったのだと思う。その感謝の念に、わたしは感謝した。気に入ってくれてシュクラン(おーきに)。
父を描くシルワンに「どう?」と尋ねられたので、「ちょっと若く描いてへんか?」と返したら、そのとおりだった。そりゃアンタ、ヨルダン国王の3人のおかかえ肖像画家のうちでいっとう気に入られるヨ。もうすこし老けさせることにした。
できあがったそれら2枚は、父であり母であった。いつもの抽象画とは違う、アカデミックな作品。このひと達すごい、なんだって描けちゃうのね(←画家にたいしてしつれいな物言い)。垂涎、家宝モノ。両親も不器用に「サンキュー、サンキュー」と繰りかえす。シルワンとハニは、仏間の先祖代々の肖像が飾ってあるところに並べて掲げてよーですって。いやいや、そこは死者の飾られるとこやから…。

来日してからというものイベントつづきでシルワンもハニも相当つかれていただろうから、束の間の休暇を愉しんでもらえたことと思う。

かたぶつな両親も、娘の仕事ぶりがよく分かったろうし、なにより「戦争の国から来た」イラク人がこんなに親しみのあるひとらなんて思いもよらなかっただろう。
翌5日も、等持院や新京極などをぶらりして帰る段になって、体調不良のうえに父の車には乗り切れなかった母がなんと自力で京都駅まで見送りに来、積極的に英語で話していた。これにはシルワンもハニもびっくり。
両親は後日、金の額と銀の額を買ってきて2人の肖像画を床の間に飾っていた。

これぞ、民間外交やね!
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by peaceonkaori | 2006-11-25 18:28 | イラク人来日プロジェクト