もう先週のことになるが、
1つ前の記事でおしらせしていた
タイニイアリスでのイヴェント「イラクNow!」へ行ってきた。
最終日の15日に行ったらば、リーディングのミッサール・ガジ「自由の在りか」を削ったプログラムになっていた。そんなことはフライヤーにもHPにも書いてなかったので、1人しょんぼりする。
それでも多彩に、ミッサール・ガジ「遠くで誰かが手を振っている」、ヤーセル・ラザーク「戦争時代のお父さん」の2つのリーディングと、アナス・アジルのパントマイム「バグダッドのオテロ-僕たちには時間がない-」の3本立てに、シンポジウムつき。
「戦争時代のお父さん」は、実際の拉致事件を扱った作品。今のイラクを如実に描いているなと思っていたら(実際には2001年のものだというが)、なんだかアラブの匂いや騒音が漂ってきた。2人の日本の役者さんが演じているのだけど、イラクがどうだとか日本がどうだとかいうより、人間としての愚かさや真剣さがつたわってきた。
そして、我が友アナスの構成・演出による「バグダッドのオテロ」。あのオテロを今のイラクに仕立て上げている。もちろん解釈は人それぞれだろうがわたしにとっては、息の詰まる、どうしようもない素晴らしい作品だった。ありったけの拍手を送る。

シンポジウムは、イラク情勢ではなく演劇の話が中心に話される。
JIM-NETの
佐藤真紀さんは、3日連続でお越しになったらしい。真紀さんといるといつも、なんというかイラク大すきムードがつたわってきて、こちらまで元気にしてもらえる感じ。
それにしてもイラク演劇は良質やわあと思っていたら、イラクの学校ではふつうに演劇の授業があるという。7千年の歴史を誇るイラクに、美術や音楽のほかにも多くの芸術が現在でも花咲いていることに、わたしはイラク人でもないのに誇らしく思う。しかし、このような芸術を邪魔するのもまた戦争の罪であり、かれらがもっとじゆうに芸術活動にいそしめるようにと、わたしは願う。

アナスとの再会をよろこび、打ち上げにも参加させていただく。
ドラマ作家でもありマイムではイアーゴ役も演じたヤーセルは、なんとハニ・デラ・アリさんのお友達なんですって! PEACE ON事務所は今やハニさんの絵画でミニ・ギャラリーと化しているので、今度ヤーセルとアナスが帰国する前に、事務所でさよならパーティでも催そうかしらん。
だいたいの時間、わたしはミッサールとお話していた。ミッサールは厳格なムスリムのようで、ハラール料理(イスラムの法に則ったお料理)でない居酒屋のメニューにはほとんど手をつけず、空腹をこらえてただパンをかじっているだけだった。
あまり気乗りしない質問とはいえいちおう「シーア派? スンニ派?」と尋ねてみたら、やっぱり「そんなこと」と云われてしまった。けれども、かれは率直に今のイラクについて語ってくれた。かれは、サッダーム政権にも現政府にも、親戚を殺されている。その行き先のわからない怒りは、わたしの理解を超えてしまっている。そして日本人である以上、わたしにだって戦争責任があるのだ。わたしの払う税金がめぐりめぐって、あるいはミッサールの親戚を死なせたりほかの多くのイラクのかたを死なせたりしているのだ。思いが溢れたわたしは
ハニさんに泣きじゃくって頭を下げた時と同様、そのことを謝った。だけどミッサールもハニさんとおんなじように逆に慰めてくれるんであった。「政府や軍隊と、一般市民は違うから」と。イラク人といるとどうしても拭えない、わたしの劣等感のようなもの。でも、だからお友達になるんだ。
ミッサールは2人のこどもをもつ父親で、だいじそうに長女の写真を見せてくれた。アナス曰く、ミッサールはたった数日の日本滞在なのに、1日目からホームシックなんだそうだ。「今度カオリがイラクへ来る時には家族中で歓迎するよ、ドルマもクッバもなんでも作って食べさせてやる」と、ミッサールは約束してくれる。「きゃー、ほんと? じゃあ、今年中に行けると思う?」と聞くと、「それは無理だ。危険が過ぎる」と云う。ヤーセルなんかは「だいじょうぶ、だいじょうぶ」なんて軽く云ってくれたりするんだけど。
ミッサールは、PEACE ON主宰アートプロジェクト
LAN TO IRAQの誕生の地とも呼ぶべきヘワー・ギャラリーやそのオーナーの
カシム・サブティを知ってるって云うの! ヘワー・ギャラリーでみんなで集えたら…! また1つ、夢ができてしまったわたしは、ウットリ垂涎。
「じゃあまた、つぎはイラクで会いましょうね」とさようなら。いつか、いつかね。
終電車を逃したわたしは、近くで知人のやっているバーへと向かう。かれもまた、イラクへ行ったことのある人物だった。お客の1人もイラク通のPEACE ON会員さんだったから、当然のようにイラクの話題を交わす。実はここへは先週も訪ねていて、「みんなイラクに行ったことがあるもんなあ…」なんてこぼすと、「あんたは、そのコンプレックスみたいなものをどうにかしなさい」と諭される。その前の週だったかも、なじみのジャーナリストにおんなじようなことを云われた気がする。いけないいけない、まだまだ精進がたりないね。
年末からお年始にかけ、松本やら気仙沼やら那須高原やら京都へ行っていて、ごたごたはしていたのだけど。それが過ぎたら、フランスやヨルダンへ飛び立って、大すきなイラクの友に会えると思っていた。が、諸事情によってわたしは東京事務所お留守番係に。口惜しがっても仕方ないもん、フン! わたしはわたしの仕事をこなした。その怨念か会えない寂しさか、一気に体調を崩してしまう。ちぇーっ、だ。
それでも、数日前に、ヨルダンはアンマンのハニ・デラ・アリ一家と電話でお喋りすることができた。みんな一言ずつだけだっとはいえ元気そうな声が、我が病身にとても愛しく響く。二女ルカイアだけは、恥ずかしがって、お話できなかったのだけれど。またすぐに遊ぼうね、ルカイア。