NPO法人PEACE ON相澤(高瀬)香緒里による日誌的記録(~2007年まで)


by peaceonkaori
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カテゴリ:読書/鑑賞( 6 )

先月だったかに知った英文ブログ。ブログ内の自己紹介によれば、これはムハンマドというバグダードの25歳の歯医者さんが綴っている。PEACE ONイラク人スタッフのサラマッドに聞いてみると、かれはこのブログを知らなかったのだけれど、よいねえと云っていた。
「地獄」とも形容されるバグダード、そこに生きる一般市民がなにをどう感じ考え生活しているのか。どのように日常が壊されているのか。かれの息遣いまでつたわってくるようなていねいな文章。
→オリジナルブログ『Last Of Iraqis』

隣国シリアに一時避難していたムハンマドが再びバグダードへ戻るくだりは、写し出された朝日のその泣きたくなるほどのうつくしさがいっそう悲痛さをえぐり出している。ちょっと前にバグダードの少女によるブログ『バグダード・バーニング』を日本語で、かのじょの一家がついにバグダードからシリアに逃れたという細やかな場面を読んだばかりだったから、かれら/かのじょら固有の人生が狂わせられているさまがよけいに際立ったのかもしれない。

それにしても題名が『Last Of Iraqis』とは。本人も「イラク人は絶滅するんではないかと、悲しいことに僕は思う」と述べている。
「世界中のひとと悲しみの種を共有したい」とも書いていて、わたし達がイラクの人びとを知る責任を改めて教えてくれる。

すこし訳してみようかと思いつつまだ全部を読めていず、とノロノロしていたら、細井明美さんがご自身のブログで翻訳なさっていたのでご紹介。
→細井明美さんのブログ『日めくり』(現時点で2つの記事を翻訳されています。)

オリジナルのブログでは、ムハンマドのお家の水道水がいかに汚いかを記録した動画も見られるのも面白い。面白いといっても、発生したコレラへの深刻な恐怖をあらわしていて、決して笑うことなどできないのだけれど。その動画だけでもぜひ見てほしい。

願わくばこのブログの邦訳専用ブログが誕生してほしいなあ、と他力な願いを口にしてみる…。
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by peaceonkaori | 2007-10-14 23:22 | 読書/鑑賞
今年ヨルダンの首都アンマンで個展を成功させた画家の川口ゆうこさん(同行記は今年2月3月の該当記事をご参照ください)が、日本で個展を開催中。
昨日、銀座の画廊を訪れた。
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初のアラブ滞在で相当に刺激を受けられたとことで、今回の展覧会のテーマもずばり「アラブ」。
旅の記憶を昇華させたような作品群。「異国の夜明け」から始まる物語-そういえば街に響く早朝のアザーン(イスラーム教の礼拝を呼びかける声)で目を覚まされていたっけ-は「Rebirth」を経て、最後は日本の風景を想わせる「帰郷」で幕を閉じる。静謐なのに奥のほうで燃えあがっている。
「Arabian」と題された連作では、モスク(イスラーム礼拝所)の愛らしいフォルム、艶が具象的に描かれている。その前でにやにやしてしまうわたし。

自分の身に明日なにが起こるかわからない、世界だってどうなるか。そんな「未知数」が、ひらひらと舞っている。
軽やかな跳躍がきゅんと眩しい展覧会。みなさまもぜひお愉しみください。

画廊企画 川口ゆうこSolo Exhibition 「未知数」第二章
9月24日(月)~29日(土) 11:00~18:00(最終日17:00)
画廊 宮坂(東京都中央区銀座7-12-5銀星ビル4階/03-3546-0370)
*お花、お菓子、お祝い等、遠慮させていただきます。
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by peaceonkaori | 2007-09-27 00:08 | 読書/鑑賞
むしょうにティナ・アレナの「ジュマペール・バグダード」が聴きたくなる。昨年だったか、フランスにいた現地スタッフのサラマッドに教えてもらい、日本ですぐに取り寄せたんであった。
むっとするほど暑い長月の正午にいて、針の束をあたまに触れられたような、涙が胸につかえる息苦しさが迫りくる。人さし指で傷を撫でるような悲痛な旋律にフランス語の甘美な響きがあいまって、女王バグダードの哀しみをいっそう引き立たせている。サラマッドも号泣していたそうだ。
以下、かんたんに訳してみた。せっかくの詩が、わたしの拙い語学力のせいで台無しになってしまっていたらご免なさい。フランス語、数年間きちんと習っていたのにすっかり忘れている。

「我が名はバグダード」

わたしは幸福に生きていた 黒い黄金(*1)や宝石の宮殿で
チグリス河が水晶の石畳を滑る
千人のカリフがこぞって並ぶわ 我われの舞踏会のリスト

皆はわたしをこう呼んだものよ 寵愛に満ちた都と
神よ どれほどの時が過ぎたのでしょう

皆はわたしをこう呼んだものよ 光の首都と
神よ すべて失われました

我が名はバグダード
そしてわたしは落ちゆく
戦車の火のもとで 戦車の火のもとで
我が名はバグダード
醜くされた王女 シェヘラザード(*2)までも忘れてしまった

わたしはこの世を生きる
哀れな乞食として ブルドーザーのもとで
霊がわたしにつき纏う
廃墟で我が美に涙する なおくすぶる宝石に
これが暗殺されたわたしの魂

皆はわたしをこう呼んだものよ 光の首都と
神よ すべて失われました

我が名はバグダード
そしてわたしは落ちゆく
戦車の火のもとで 戦車の火のもとで
我が名はバグダード
醜くされた王女 シェヘラザードまでも忘れてしまった
わたしの千一夜物語はもう誰の興味も引くことはない
奴らはすべて破壊した

我が名はバグダード
そしてわたしは落ちゆく
戦車の火のもとで
我が名はバグダード
醜くされた王女 シェヘラザードまでも忘れてしまった

(*1)黒い黄金は石油の意
(*2)『千一夜物語』を語る王妃


イラクの友は皆、栄華を極めたバグダードを誇り高く語ってくれる。その顔は生き生きとしている。ただしそれらは、どれも昔のバグダードだ。今のバグダードは墓そのものだと、サラマッドは云う。繁栄の都から忘却の都へ、芸術の都から戦火の都へ。
都-最近つと思うのだけど、京の都に脈々と先祖代々息衝いてきた血が、わたしの身体を流れているのであって。古臭い感覚。でもこれまで己のルーツにあまりに無意識だった気がする。バグダードには遥か及ばないたかだか千年の都だけれども、それでも街にはかおりが匂うし霊のようなものが漂っている。すくなくともわたしはそう思う。都に生を享けた人間として、好むと好まざるとにかかわらず。
バグダードという失われた都を考える時、この知覚がわたしにより共鳴を与える。まるで倍音のようなこの関係を、わたしは個人的にたいせつにしようと思っている。
バグダード、わたしの夢。いつか訪れる日を愉しみに、ええかならず。

YouTubeでプロモーションヴィデオがあるので、1曲まるごと視聴できます。ライヴなど他ヴァージョンも色々検索できるので、ぜひどうぞ。
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by peaceonkaori | 2007-09-08 19:24 | 読書/鑑賞
代表の相澤がパンフレットに文章を寄せている縁で、永井愛さん作・演出で吉田栄作さん主演のお芝居「やわらかい服を着て」を、PEACE ON会員さん達と観てきた。

ストーリーは、2003年のイラク攻撃の前夜から現在までの3年間のイラク支援NGOが舞台。反戦運動の高まり、邦人拘束事件での救出の努力と世間からのバッシング、関心の低下にともなう資金面での苦労などをとおし、そこに集う若者の情熱や葛藤、渦巻く人間関係なんかのハードな青春を描いている。

わたし自身がイラク支援&文化交流NPOの職員ということもあり、とても他人事のこととして観賞することはできなかった。おまけにわたしは遅蒔きながら、イラク攻撃の前夜つまり2003年1月頃から世界の矛盾に気づき始めたのである。あの時は隠居先の信州でなにをしたらいいのかも分からずに、24歳のわたしは、朝に夕に涙しているだけであった。このお芝居の軌跡は時期的に、わたしのそれとかさなる。
こんな感想はNPO職員として失格なんだろうけど、あえて書かせていただく。照明の落とされた客席から舞台を眺めつつ、わたしは今にも泣き出しそうになっていた。
「なぜわたし達はイラク攻撃を止めることができなかったのか?」「なぜわたし達は邦人の人質を出してしまったのか?」「なぜ未だに支援をつづけなければいけないほどイラク情勢は悪化してしまったのか?」
そういった感情がわたしの心臓を次つぎに責め立て、そういう場面ではイラクへの謝りのフレーズが呪文のようにわたしのあたまを巡っていた。そう、ちょうどイラク人のハニ・デラ・アリ画伯にあたまを下げて涙しながら謝りたおした時のように。
休憩時間には、お水を探して抗不安剤を飲む。服用せざるをえなかった。終演後、同行の皆に不健康そうな顔をしんぱいされるほどになってしまっていたから。

イラク攻撃があったせいで、わたしは様ざまな諸問題について考え始めるようになったし、イラクという国をすきになって、PEACE ON職員になるべく大すきな信州を去って東京に越してき、たくさんのひとに出会い刺激を受け勉強させていただいて、イラクの友もでき、新たな恋だって知った。
だけど、やっぱりイラク攻撃はおこなわれるべきではなかったし、わたし達は命を懸けても止めるべきだったのだ。

こんなおセンチで独りよがりの駄文をつらつらと書き殴っても、読者の皆さまにも申し訳ない。けれど、自分への戒めとして、恥をさらしても、ここに記録しておこうと思う。
そして今後も、こんなちいさな者になにができるのかと自問自答を繰りかえしながら、PEACE ONをやっていこうと思う。劇中の"ピースウィンカー"に負けないように、果てしなく高く思われる壁に体当たりして、泥臭い青春を味わって。

お芝居はもっとさらっと観ていただけるものだと思います。ご興味のあるかたは、ぜひどうぞ。
ロビーには、JIM-NETによるイラクの白血病のこども達の可愛らしい絵も展示されていますよ。
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by peaceonkaori | 2006-05-26 16:44 | 読書/鑑賞

イラク演劇観劇と交流

もう先週のことになるが、1つ前の記事でおしらせしていたタイニイアリスでのイヴェント「イラクNow!」へ行ってきた。
最終日の15日に行ったらば、リーディングのミッサール・ガジ「自由の在りか」を削ったプログラムになっていた。そんなことはフライヤーにもHPにも書いてなかったので、1人しょんぼりする。
それでも多彩に、ミッサール・ガジ「遠くで誰かが手を振っている」、ヤーセル・ラザーク「戦争時代のお父さん」の2つのリーディングと、アナス・アジルのパントマイム「バグダッドのオテロ-僕たちには時間がない-」の3本立てに、シンポジウムつき。

「戦争時代のお父さん」は、実際の拉致事件を扱った作品。今のイラクを如実に描いているなと思っていたら(実際には2001年のものだというが)、なんだかアラブの匂いや騒音が漂ってきた。2人の日本の役者さんが演じているのだけど、イラクがどうだとか日本がどうだとかいうより、人間としての愚かさや真剣さがつたわってきた。
そして、我が友アナスの構成・演出による「バグダッドのオテロ」。あのオテロを今のイラクに仕立て上げている。もちろん解釈は人それぞれだろうがわたしにとっては、息の詰まる、どうしようもない素晴らしい作品だった。ありったけの拍手を送る。

e0058439_15593619.jpgシンポジウムは、イラク情勢ではなく演劇の話が中心に話される。
JIM-NET佐藤真紀さんは、3日連続でお越しになったらしい。真紀さんといるといつも、なんというかイラク大すきムードがつたわってきて、こちらまで元気にしてもらえる感じ。
それにしてもイラク演劇は良質やわあと思っていたら、イラクの学校ではふつうに演劇の授業があるという。7千年の歴史を誇るイラクに、美術や音楽のほかにも多くの芸術が現在でも花咲いていることに、わたしはイラク人でもないのに誇らしく思う。しかし、このような芸術を邪魔するのもまた戦争の罪であり、かれらがもっとじゆうに芸術活動にいそしめるようにと、わたしは願う。

e0058439_15595838.jpgアナスとの再会をよろこび、打ち上げにも参加させていただく。
ドラマ作家でもありマイムではイアーゴ役も演じたヤーセルは、なんとハニ・デラ・アリさんのお友達なんですって! PEACE ON事務所は今やハニさんの絵画でミニ・ギャラリーと化しているので、今度ヤーセルとアナスが帰国する前に、事務所でさよならパーティでも催そうかしらん。

だいたいの時間、わたしはミッサールとお話していた。ミッサールは厳格なムスリムのようで、ハラール料理(イスラムの法に則ったお料理)でない居酒屋のメニューにはほとんど手をつけず、空腹をこらえてただパンをかじっているだけだった。
あまり気乗りしない質問とはいえいちおう「シーア派? スンニ派?」と尋ねてみたら、やっぱり「そんなこと」と云われてしまった。けれども、かれは率直に今のイラクについて語ってくれた。かれは、サッダーム政権にも現政府にも、親戚を殺されている。その行き先のわからない怒りは、わたしの理解を超えてしまっている。そして日本人である以上、わたしにだって戦争責任があるのだ。わたしの払う税金がめぐりめぐって、あるいはミッサールの親戚を死なせたりほかの多くのイラクのかたを死なせたりしているのだ。思いが溢れたわたしはハニさんに泣きじゃくって頭を下げた時と同様、そのことを謝った。だけどミッサールもハニさんとおんなじように逆に慰めてくれるんであった。「政府や軍隊と、一般市民は違うから」と。イラク人といるとどうしても拭えない、わたしの劣等感のようなもの。でも、だからお友達になるんだ。
ミッサールは2人のこどもをもつ父親で、だいじそうに長女の写真を見せてくれた。アナス曰く、ミッサールはたった数日の日本滞在なのに、1日目からホームシックなんだそうだ。「今度カオリがイラクへ来る時には家族中で歓迎するよ、ドルマもクッバもなんでも作って食べさせてやる」と、ミッサールは約束してくれる。「きゃー、ほんと? じゃあ、今年中に行けると思う?」と聞くと、「それは無理だ。危険が過ぎる」と云う。ヤーセルなんかは「だいじょうぶ、だいじょうぶ」なんて軽く云ってくれたりするんだけど。
ミッサールは、PEACE ON主宰アートプロジェクトLAN TO IRAQの誕生の地とも呼ぶべきヘワー・ギャラリーやそのオーナーのカシム・サブティを知ってるって云うの! ヘワー・ギャラリーでみんなで集えたら…! また1つ、夢ができてしまったわたしは、ウットリ垂涎。
「じゃあまた、つぎはイラクで会いましょうね」とさようなら。いつか、いつかね。

終電車を逃したわたしは、近くで知人のやっているバーへと向かう。かれもまた、イラクへ行ったことのある人物だった。お客の1人もイラク通のPEACE ON会員さんだったから、当然のようにイラクの話題を交わす。実はここへは先週も訪ねていて、「みんなイラクに行ったことがあるもんなあ…」なんてこぼすと、「あんたは、そのコンプレックスみたいなものをどうにかしなさい」と諭される。その前の週だったかも、なじみのジャーナリストにおんなじようなことを云われた気がする。いけないいけない、まだまだ精進がたりないね。

年末からお年始にかけ、松本やら気仙沼やら那須高原やら京都へ行っていて、ごたごたはしていたのだけど。それが過ぎたら、フランスやヨルダンへ飛び立って、大すきなイラクの友に会えると思っていた。が、諸事情によってわたしは東京事務所お留守番係に。口惜しがっても仕方ないもん、フン! わたしはわたしの仕事をこなした。その怨念か会えない寂しさか、一気に体調を崩してしまう。ちぇーっ、だ。
それでも、数日前に、ヨルダンはアンマンのハニ・デラ・アリ一家と電話でお喋りすることができた。みんな一言ずつだけだっとはいえ元気そうな声が、我が病身にとても愛しく響く。二女ルカイアだけは、恥ずかしがって、お話できなかったのだけれど。またすぐに遊ぼうね、ルカイア。
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by peaceonkaori | 2006-02-22 16:00 | 読書/鑑賞

読書「うさぎ!」

小澤昔ばなし研究所から、「子どもと昔話」の25号と最新の26号を取り寄せる。

小澤昔ばなし研究所は、口承文芸学者の小澤俊夫さんが所長を務められる、日本や世界の口伝え文学を研究する機関。その季刊誌「子どもと昔ばなし」で、小澤俊夫さんのご子息である小沢健二さんの連載が始まったんである。
小沢健二さんは、もう10年以上もわたしのこころで重大な位置を占める音楽家。なにかあるたびに(いいえ、なんにもなくたって!)いつでもかれの音楽に耳をうずめて闊歩してきたし、ありし日の雑誌「Olive」での連載「ドゥーワチャライク!」は総てていねいに切りとって保管し再読をかさねていた。4年前にアルバム『Eclectic』をリリースしてから音沙汰がなかったけれど、かれのペースできっと音楽をつづけてゆくのだろうと、わたしはひっそりと想いをあたためていた。この3月には新譜が出るという。
そんなかれの筆による、寓話。タイトルは、「うさぎ!」。

内容は、ここでは話さないでおきたい。大きな声で推薦したりもしない。
ただ、かれの放出する文章、そのエネルギーを、わたしがPEACE ONにいてずっと考えつづけている道程に、なぞらえてみる。わたしのなかで、ふしぎ且つまっとうな共鳴があり、それは響くのをやめなかった。

以下は、ゆうべ書いた私的日記から一部を引用。
今夜は、大阪市長に宛てて野宿者強制排除にたいする抗議ファクスを送った。かんたんに変わるとは思わない、週末には実行される可能性があるともいわれている。世界は目まぐるしくうごめき、且つわたしはあまりに弱い。それでも、とわたしは思う。なにもしなければ、世界は限りなく落ちてゆく。もし絶望というものをおぼえたら、わたしは生きてゆくことすら困難になるだろう。ええ、わたしは闘うのをやめない。行為と覚悟の連続をたずさえて。


「うさぎ!」では、イラクについての直接の言及はない(寓話だもの、直接にはね)。けれども、わたしはこのウェブログに記しておこうと思う。
ご興味を抱かれたかたは、いらっしゃるかしらん。
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by peaceonkaori | 2006-01-19 03:14 | 読書/鑑賞