NPO法人PEACE ON相澤(高瀬)香緒里による日誌的記録(~2007年まで)


by peaceonkaori
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プレゼント

23日、帰国した代表相澤を事務所で迎える。大きな荷物いっぱい背負って帰って来た。

e0058439_3545752.jpg諸々の報告などを済ませてから、わたしへのお土産がひろげられる。今回わたしが東京事務所お留守番係だったので、フランス滞在中のバグダード支部長サラマッドとアマラの夫妻や、ヨルダンはアンマンのハニ・デラ・アリご一家などから、抱えきれないほどのプレゼントを頂戴した。「なんでカオリは来ないんだ! さびしいじゃないか」というお小言を、各地でたくさん浴びせられたらしい。やはり次からはわたしも同行しなくては!(←代表代表、この主張を読んでくださいね!)

サラマッドとアマラからは、「To Kaori our friend」と書いて、独りでもさびしくないようにとくまの縫いぐるみなどなど。かれらが選んでくれたというだけで、ほんとうにうれしくなって、頬が弛緩する。なぜか、代表YATCHがくまをだっこして遊んでいる。

ハニさんのこども達と奥様からは、「I love you」と描かれた桃色のファンシーなカードで、「親愛なるカオリへ。わたし達はとてもあなたを待ち望んでいるし、お願い、再会したいの。ハッスーニもルカイアもナバもムスタファもわたし達みんなカオリ・ラヴよ。今度YATCHが再訪する時には一緒に来てね。ハビビ(愛しいひと)」だなんて、泣かせるじゃないの。そして、ヴィデオ・メッセージまで。家族中でわたしに言葉をかけてくれている。二男のハッスーニなんて踊りまくっていて、ああ、たまらなく愛しい。感嘆符を幾ら放ってもたらないくらい。今すぐアンマンのハニ家に跳んでって、ぎゅっと抱きしめたくなる。ヴィデオを見て涙のしずくを落とすだなんて、おセンチが過ぎるかしらん。繰りかえして見た。ちょっと見ない間に、こどもってのは育ってくんやなあ。
YATCHによると、オム・ムスタファ(ハニさんの奥様)ももう14歳になった長女ナバも二男ハッスーニ以外は、バグダードへは帰りたくないと云っていたらしい。9月にわたしが訊いた時には、バグダードがなつかしい、お友達が恋しい、なんて云っていたものだけど、アンマンでの生活にも慣れてきて、今さらイラク、という感情が芽生えたのだろうか。わたしにはその気もちをどうこう口出しすることなどできない。けれどもどこかで、ぽっかりと穴があいたような感じがする。こうしてわたしの夢からまた、イラクの未来が遠のいてゆくような。そんな自分勝手な寂寥感をつのらせて、ぼーっとするわたしがあった。

そして、ヨルダン人の友人のものは、カラフルな首巻きだの「アイ・ラヴ(ハートマーク)・ヨルダン」の腕輪だのなんだかんだといっぱいつまった袋だった。そして、けっしてきれいではない字で、破ったノートに手書きのお手紙まで。YATCHによると、かれはこのたび危険なお仕事に就くことになったのだという。危険というのは、死と隣り合わせということだ。この溢れんばかりのプレゼントと読めない字で急いで書かれたお手紙、思ってはいけないと思いつつも、これが遺書のように感じて、わたしは首を振る。アンタなんか死んだらぜったい許さへんから。こうなったら、毎日でもメールをくれてやる。もらった首巻きだって毎日のように装着してやる。ほんのりと、アンマンのかおりがするの。今度アンマンで会う時には、1発でも2発でも(平和的に)ぶん殴って、それから一緒にファラフェルを頬ばろう。かれのことを考えてつい放心してしまう、いけない。かれにはかれの人生があり、信念があり、行為があるんだ。わたしはわたしのできることをしよう。次に会うまでは、それしかないんだ。

わたしを思ってくれているひとがいるというだけで、わたしは幸福の渦に巻かれて、とんでもなくハッピーになってしまう。と同時に、責任も湧く。わたしの生きかた、わたしの人生。すぐに会えるかな? 足踏みをして、わたしは再会を待ち望む。インッシャッラー(神がお望みならば)、きっと叶うわね。
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by peaceonkaori | 2006-02-27 04:01

PEACE ON LEARNING始動

PEACE ONオフィシャルページではすでに予告していますが、こちらでも。

PEACE ONではこの度、“PEACE ON LEARNING”と題する学習会をシリーズで主催してゆくことにしました。毎回テーマを設定して各界の識者をお招きし、小規模で濃密な会合をもてればと思います。

第1回が、いよいよ明日に迫りました。みなさま、ぜひお出でくださいませ。


<以下、転送・転載を歓迎します。>


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第1回PEACE ON LEARNING
「原点から考える日本国憲法第9条―市民がつくった平和憲法」

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日時:2月25日(土)14:00~16:00
場所:東京 文京区民センター2-B室(都営三田線・大江戸線「春日」駅 or 東京メトロ丸の内線・南北線「後楽園」駅すぐ)
資料代:500円(定員30名)
講師:河上暁弘さん(中央大学人文科学研究所客員研究員・法学博士・憲法学、PEACE ON会員)
お問合せ:PEACE ON事務局(office@npopeaceon.org/Tel.Fax. 03-3823-5508)

1月末発売の河上暁弘『日本国憲法第9条成立の思想的淵源の研究―「戦争非合法化」論と日本国憲法の平和主義』(専修大学出版局)をテキストに、日本国憲法第9条がいかなる歴史的位相からいかにして成立するに至ったかを「市民がつくった憲法」という視点で描きつつ日本国憲法が目指す平和な世界と日本のあり方のグランドデザインを示してみたいと思います。
また、第2部では、PEACE ON代表相澤恭行と弁護士の田部知江子さん(PEACE ON会員)を交え、憲法学、法的立場またイラクの現場から見た憲法9条について、対談していただきます。30代前半の3名によるバトルトークに、どうぞご期待ください!
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by peaceonkaori | 2006-02-24 15:25 | おしらせ

イラク演劇観劇と交流

もう先週のことになるが、1つ前の記事でおしらせしていたタイニイアリスでのイヴェント「イラクNow!」へ行ってきた。
最終日の15日に行ったらば、リーディングのミッサール・ガジ「自由の在りか」を削ったプログラムになっていた。そんなことはフライヤーにもHPにも書いてなかったので、1人しょんぼりする。
それでも多彩に、ミッサール・ガジ「遠くで誰かが手を振っている」、ヤーセル・ラザーク「戦争時代のお父さん」の2つのリーディングと、アナス・アジルのパントマイム「バグダッドのオテロ-僕たちには時間がない-」の3本立てに、シンポジウムつき。

「戦争時代のお父さん」は、実際の拉致事件を扱った作品。今のイラクを如実に描いているなと思っていたら(実際には2001年のものだというが)、なんだかアラブの匂いや騒音が漂ってきた。2人の日本の役者さんが演じているのだけど、イラクがどうだとか日本がどうだとかいうより、人間としての愚かさや真剣さがつたわってきた。
そして、我が友アナスの構成・演出による「バグダッドのオテロ」。あのオテロを今のイラクに仕立て上げている。もちろん解釈は人それぞれだろうがわたしにとっては、息の詰まる、どうしようもない素晴らしい作品だった。ありったけの拍手を送る。

e0058439_15593619.jpgシンポジウムは、イラク情勢ではなく演劇の話が中心に話される。
JIM-NET佐藤真紀さんは、3日連続でお越しになったらしい。真紀さんといるといつも、なんというかイラク大すきムードがつたわってきて、こちらまで元気にしてもらえる感じ。
それにしてもイラク演劇は良質やわあと思っていたら、イラクの学校ではふつうに演劇の授業があるという。7千年の歴史を誇るイラクに、美術や音楽のほかにも多くの芸術が現在でも花咲いていることに、わたしはイラク人でもないのに誇らしく思う。しかし、このような芸術を邪魔するのもまた戦争の罪であり、かれらがもっとじゆうに芸術活動にいそしめるようにと、わたしは願う。

e0058439_15595838.jpgアナスとの再会をよろこび、打ち上げにも参加させていただく。
ドラマ作家でもありマイムではイアーゴ役も演じたヤーセルは、なんとハニ・デラ・アリさんのお友達なんですって! PEACE ON事務所は今やハニさんの絵画でミニ・ギャラリーと化しているので、今度ヤーセルとアナスが帰国する前に、事務所でさよならパーティでも催そうかしらん。

だいたいの時間、わたしはミッサールとお話していた。ミッサールは厳格なムスリムのようで、ハラール料理(イスラムの法に則ったお料理)でない居酒屋のメニューにはほとんど手をつけず、空腹をこらえてただパンをかじっているだけだった。
あまり気乗りしない質問とはいえいちおう「シーア派? スンニ派?」と尋ねてみたら、やっぱり「そんなこと」と云われてしまった。けれども、かれは率直に今のイラクについて語ってくれた。かれは、サッダーム政権にも現政府にも、親戚を殺されている。その行き先のわからない怒りは、わたしの理解を超えてしまっている。そして日本人である以上、わたしにだって戦争責任があるのだ。わたしの払う税金がめぐりめぐって、あるいはミッサールの親戚を死なせたりほかの多くのイラクのかたを死なせたりしているのだ。思いが溢れたわたしはハニさんに泣きじゃくって頭を下げた時と同様、そのことを謝った。だけどミッサールもハニさんとおんなじように逆に慰めてくれるんであった。「政府や軍隊と、一般市民は違うから」と。イラク人といるとどうしても拭えない、わたしの劣等感のようなもの。でも、だからお友達になるんだ。
ミッサールは2人のこどもをもつ父親で、だいじそうに長女の写真を見せてくれた。アナス曰く、ミッサールはたった数日の日本滞在なのに、1日目からホームシックなんだそうだ。「今度カオリがイラクへ来る時には家族中で歓迎するよ、ドルマもクッバもなんでも作って食べさせてやる」と、ミッサールは約束してくれる。「きゃー、ほんと? じゃあ、今年中に行けると思う?」と聞くと、「それは無理だ。危険が過ぎる」と云う。ヤーセルなんかは「だいじょうぶ、だいじょうぶ」なんて軽く云ってくれたりするんだけど。
ミッサールは、PEACE ON主宰アートプロジェクトLAN TO IRAQの誕生の地とも呼ぶべきヘワー・ギャラリーやそのオーナーのカシム・サブティを知ってるって云うの! ヘワー・ギャラリーでみんなで集えたら…! また1つ、夢ができてしまったわたしは、ウットリ垂涎。
「じゃあまた、つぎはイラクで会いましょうね」とさようなら。いつか、いつかね。

終電車を逃したわたしは、近くで知人のやっているバーへと向かう。かれもまた、イラクへ行ったことのある人物だった。お客の1人もイラク通のPEACE ON会員さんだったから、当然のようにイラクの話題を交わす。実はここへは先週も訪ねていて、「みんなイラクに行ったことがあるもんなあ…」なんてこぼすと、「あんたは、そのコンプレックスみたいなものをどうにかしなさい」と諭される。その前の週だったかも、なじみのジャーナリストにおんなじようなことを云われた気がする。いけないいけない、まだまだ精進がたりないね。

年末からお年始にかけ、松本やら気仙沼やら那須高原やら京都へ行っていて、ごたごたはしていたのだけど。それが過ぎたら、フランスやヨルダンへ飛び立って、大すきなイラクの友に会えると思っていた。が、諸事情によってわたしは東京事務所お留守番係に。口惜しがっても仕方ないもん、フン! わたしはわたしの仕事をこなした。その怨念か会えない寂しさか、一気に体調を崩してしまう。ちぇーっ、だ。
それでも、数日前に、ヨルダンはアンマンのハニ・デラ・アリ一家と電話でお喋りすることができた。みんな一言ずつだけだっとはいえ元気そうな声が、我が病身にとても愛しく響く。二女ルカイアだけは、恥ずかしがって、お話できなかったのだけれど。またすぐに遊ぼうね、ルカイア。
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by peaceonkaori | 2006-02-22 16:00 | 読書/鑑賞

「イラクNow!」へ行こう

2月13日(月)~15日(水)19:00、東京は新宿にある劇場タイニイアリスにて、「イラクNow!」と題し、パントマイムやリーディング、シンポジウムが開催されます。

PEACE ONはまったくかかわっていないのですが、我がメル友(?)パントマイマーのアナスが出演するので、わたしも観にゆくつもり。
8日付け東京新聞夕刊の芸能欄に載っているのを見つけ、つい頬がほころんだ。

e0058439_2034962.jpgアナスとの出逢いは、2004年10月にバグダードからアル・ムルワッス劇団が来日した時のこと。東京公演のそのロビーでLAN TO IRAQ展覧会を同時開催することになり、わたしはその準備にいそしんでいたんであった。お昼には、役者さんや裏方さん達とお弁当をともに食べた。当時のわたしにとっては、初めて接するイラク人であった。
「Hiroshima」の飾りつけにさしかかっていると、イラーキー達が集まってきた。この巨大な絵は、2004年8月の広島原爆忌にバグダードのヘワー・ギャラリーで急遽、10人のアーティストがライヴペインティングを敢行してくれたものだった。皆、口々に共感をしめし始めた。「ヒロシマとイラクはおなじ痛みを共有しているよ」、「素晴らしいアートだね」と。わたしはほんのり誇らしくなって、それでいて日本人としての戦争責任を考えて申し訳ない心地がし、もじもじしていた。そのなかの1人が、アナスだった。アナスとはその後"合コン"なるものもおこない、かれらが講演を終えてバグダードに帰ってからも、たまにメールを交換していた。かれは戦火のバグダードから、「I hope you in good condition」だなんてご挨拶をくれるのだった。
そんなアナスが日本に留学に来ていると知ったのは、晩夏の頃。驚愕してなんだなんだと思っていたら、11月のハニ・デラ・アリ来日時には遊びに来てくれたりもした(写真ご参照)。12月8日の非戦を選ぶ演劇人の会のイヴェントでも会ったっけ。

そんなかれはこの公演が終わると、バグダードへ帰るという。わたしはかれの舞台をしっかと記憶に焼きつけようと思う。

そんなこんなで、アナスはわたしにチケットを13枚も振る舞ってくれたので、一緒に行こうというかたはぜひにご連絡くださいまし。
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by peaceonkaori | 2006-02-10 20:35 | おしらせ